「ナギカさんって……意外と大物ですよね……」
ふつうあの状況で寝たりしませんよね。
呆れたようなドン引きしたような、トリトの言葉が胸に痛い。
あんな乗り心地の悪い荷台に揺られて眠ってしまったのは、実は二度目だ。
「なんって言うか、緊張感がないよな」
「あんたには言われたくない!」
緊張感がないのは認めるが、ナギカの隣でごろんと横になっていたこの男にだけは言われたくない。
実は眠っている間にいつの間にか尻尾触ってたとか、しっかり握りしめていたとか、ナギカが尻尾離さないせいで添い寝みたいな姿勢になっていたとか、ずっと寝顔見られてたとか、この際どうでもいい。
……手触りは、すごく良かった。
「で、ここがあんたの家なの?」
「うん」
家、というかなんというか……気のせいでなければ、すごくお店っぽい。
白を基調とした外壁に、緑色の窓枠と赤い扉。
少しおしゃれなカフェにも見える。周辺の家(店)がボロいせいで、ここだけ新築のようだ。悪く言えば浮いている。
獣人の少年は相変わらず意識がない。荷台から少年を下ろしてくれたのはトリトだった。
走竜はとめるスペースがないので店(?)の正面にとめた。
路上駐車(竜)だが、誰も気にしない。
「まあ、入りなよ」
「おじゃましま~す……」
扉は二重になっていて、内側の扉を開くと、ドアベルがカランと音を立てる。
看板らしきものは見えないが、ますますお店のようだと思った。そしてその勘は正しかったようだ。
「えぇと、家って言うか……」
いくつものテーブルと椅子。家庭用にしては広めな、奥に見える割と本格的な調理場。山のように積まれた、白い皿。
内装を見れば見るほど、ここは立派な『食堂』だった。
唯一、窓と窓の間に壁を向いてぴったりとつけられた、座れない意味不明なソファーがあること以外は。
「……ここ、ホントにあんたの家なの?」
「失礼な奴だな、おれの家だよ……ほら!」
「あっ!」
床に転がっていたものをポイッと投げて寄越されたのは、白いカバーのスマホだった。
間違いなく、自分のものだ。だが残念ながら電源が落ちている。壊れたか、バッテリー切れかは判断が付かないが、目立った傷はなさそうだ。
とりあえず、無事なのを確認してホッとした。使えないだろうが、制服の内ポケットに大事にしまう。
「家に送るって言ったろ」
「うん……あ、そんなことよりこの子、早く治療してあげてよ」
少年を治療するためにカインの家に寄ったのだから、早く治してもらわないと困る。
「どこに下ろします?」
トリトが抱えた少年をどこに下ろすかで迷っているようだ。
ナギカは壁を向いたソファーを見た。重そうだ。どうも手軽に動かせるようなタイプのソファーではない。
なぜ壁を向いているのか意味が分からないが、怪我人を下ろすならそこだろう。
「そこのソファーに……」
「汚されたくないから床に置こう」
「わかりました」
「って、おーい……」
トリトはカインの指示で獣人の少年をさっさと床に下した。
血も涙もない奴らだ。
「まったく……ん?」
今何か、視界の端にふわりと動く奇妙なものを見た気がした。
奥の調理場のすぐ脇に、二階へ続くと思われる階段が見える。ちょうどそのあたりに。
一瞬、ほんの一瞬……青い髪の天使を見たような……
ナギカは目を凝らした。
階段の方から、茶髪の小さい子供が勢いよく飛び出してきた。
……どうやらまた見間違えたらしい。
茶髪の子は四、五歳くらいだろうか?
今横になっている獣人の子供より遙かに小さい。
しかしそのタックルには容赦というものがなかった。一直線に、カインの元へ。
「遅いのー! どこいってたのー!?」
「うおっ! エルーニャ! いていていてっ!!」
茶髪の子はカインに体当たりした後、ポカポカと容赦なくカインの腹を殴った。なんとほほえましい光景か。
しかしそのポカポカ攻撃が、カインにとっては手痛いダメージになっていることは、その顔を見ればわかる。思ったより打たれ弱い奴だな。
茶髪の子はしばらくカインをポカポカと殴った後、気が済んだのか顔を上げた。そこでようやくナギカたちの存在に気がついたようだ。
「しかもいっぱいいるけど、食材全部生きてるの! さばくの大変なのー!」
人を指でさしてはいけません。
しかもなんだ、とんでもなく失礼なことを言われた気がして、ナギカは睨んだ……カインを。
「待ったエルーニャ! こいつらは食材じゃない!」
「じゃあなんなの! うちはもう生きものは飼えませんなの! 捨ててきなさいなの!」
ビシィ! と効果音がつきそうな勢いで茶髪の子がカインに言うその内容は、捨てられていた犬猫を拾ってきちゃった子供に親が言う台詞みたいだ。
カインの方が大きいのに、なんだか小さい子供のような扱いが笑える。
いや、実際は全然笑えない内容なので、ちっともおもしろくないが。
なんだか放っておくとこじれそうなので、急かすことにした。
「ちょっと、怪我人がいるんだから早く!」
「あ、あぁ……エルーニャ、こいつは降臨者で、こっちはトリト……あとこの獣人は拾った」
「全然説明になってないのー!」
((確かに……))
多分、ナギカとトリトの感想は一致したと思う。
「説明なんて後で良いだろエルーニャ、こいつ怪我してるみたいだから治してやってくれないか?」
「後できっちり説明してもらいますなの! ……でもどうして獣人なんて拾ってくるの? こいつら丈夫だからほっといても怪我なんてすぐ治るの!」
エルーニャと呼ばれた茶髪の子は、文句を言いつつも獣人の側へ腰を下ろし、怪我をしている場所へ手を当てた。
よく聞こえないが、ポソポソと唱えているのは呪文……だろうか。
エルーニャの手のひらから、青白く柔らかい光が溢れ、獣人の傷を光があっと言う間に塞いでいくのがわかる。
これが回復魔法か……素直にナギカは感心した。
「見える傷は塞いでやったの! 後はエルーニャは知らないの!」
「ありがとう、エルーニャ」
ナギカは代わりにお礼を言った。
エルーニャはその青い目をナギカに向けて、不思議そうにつぶやいた。
「降臨者のくせに獣人を助けるのは変なの。降臨者は獣人を怖がって、みんな近寄らないはずなの」
「でもまだ子供だし……それに、大人の獣人にはすでに会ってるしね」
「腰抜かしてたけどな」
「う、うるさいなっ!」
まあ、事実だけど。
「私の名前はナギカ、よろしくエルーニャ」
「降臨者のくせに、変なの」
エルーニャはそうつぶやいていたが、口元は笑っていた。
よろしく、と強引に手を取って握手してやった。
それにしても、さっきこの子が天使に見えたなんて言ったら、怒られるだろうか。
白い翼も頭の上の輪っかも見えない今となっては、単にナギカが寝ぼけていたか、見間違いだったということなのだろう。
あえて口には出さずに、そっと心の奥にしまうことにした。
「それにしても血だらけだね。拭いてあげたいんだけど、汚しても良いタオルとか借りて良いかな?」
獣人の傷は塞がったとはいえ、その毛皮に付いた血は生々しく思えて、ナギカはカインに尋ねた。
「……この家にタオルなんてあったっけ?」
「ここしばらく洗濯物は見てないから、よくわからないの」
家主の回答が不穏なものだったので、ナギカは勝手に家探しすることにした。
「じゃあ、適当に探すよ?」
「どうぞー」
イヤな予感を覚えつつ、ナギカは家主に許可を得て、タオル捜索を開始した。そして絶望した。
「―――何じゃこのゴミ屋敷はーっ!!!!」
「カインちゃん、ナギカはまりあと同じ匂いがするの」
「あ、うん……おれも、そう思ったかも……」
「降臨者って、みんなこんな感じなの?」
「いえ、単にあなた方の生活能力が壊滅しているだけだと思います。特にカイン」
「え、おれのせい?」