降臨者4

「ご協力、ありがとうございましたー」
「えっ! もう終わり?」

 気合いを入れ、覚悟を決め、荷物検査と身体検査が行われるというテントに、もう丸裸にされるのを覚悟で入っていったというのに。

「はい、おしまいです」

 猫耳の生えた検問所のお姉さんの笑顔がまぶしい……

 結局、身体検査は制服のポケットに何も入っていないのを見せただけで終わったし、鞄の中身はノート以外はノーチェックだった。
ノートについては、やはりというか、開いた瞬間に妙な顔をされ、「一時預かり」という形で没収されてしまった。後日返してもらえるらしいが、ノートについてはもう良いや思い始めていたので、取りに来ることはないだろう。

 何はともあれ、わりとアッサリで済んで良かった。
お姉さんから鞄を受け取ってテントを出ると、すでに検査を済ませていたランカーたちはもう移動する態勢でいた。
その中に一人、まだ検査を受けていない奴が。

「カインは荷物検査受けないの?」

 見たところ、腰に剣を差しているだけで、荷物らしい荷物なんて持っていないようだが。

「おれは顔パスだからいーの」
「へぇ……」

 良く見れば検問所の兵士に対する態度はでかいし、もしかしたらランカー達よりは地位は上、なのかもしれない。
……とてもそうは見えないが。

(ってか、顔パスで済むならカインに鞄持ってもらえば、スマホもノートの件も無事解決したんじゃ……)

「何か言ったか?」
「いや、別に……」

 危うく心の声が漏れ出すところだったが、何とか押さえてランカーたちと合流する。
そこへ、御者の青年が荷車を引いて検問所から出て、ようやくアステリアの門をくぐることが出来た。

「少し時間を食いすぎたな……」
「今日中にアスターを見せたかったが、もう日が沈む時刻だな」
「えっ、まだ明るいでしょ……?」

 そう言われて空を見るが、未だに太陽は頭上にあり、沈む気配を見せない。
むしろ、最初に見たときと全くその位置を変えていない気もする。
しかし、その太陽が位置を変えず、徐々に光を失っていき、まるで電気が消えたかのように、パッと辺りは暗くなってしまった。暗い空に、ぽっかりと二つの月だけが浮かんでいる。

 一瞬にして夜が訪れた。

「……どうなってるの?」

 周囲が暗くなると同時に、ついさっき出てきたばかりの門が、ゴォンと音を立てて閉ざされた。
目の前に広がるのはアステリアの街だが、ぽつぽつ明かりのついている建物はあるものの、街灯があるわけではないので、街並み全体は暗くて良く見えない。

「『夜』になってしまいましたね」
「じゃあ今日はもう移動は無理だな」
「ジャギ、ランプを出せ」

 カインにそう指示され、ジャギは荷物の中から手提げランプを取り出し、蓋を開けた。
カインはそのランプの中に、手のひらから生み出した青い炎を入れて、蓋を閉じた。
ランプのほのかな明かりが周囲を照らす。
魔法だかなんだか正直良くわからないが、マッチが要らないなんてずいぶんと便利なシステムだ。

「今夜の宿を探しましょう」
「今からか? 当てがあったんじゃないのか」
「降臨者を拾うのは予定外でした。荷を降ろすのに手間取ってしまいましたし、思ったより時間がかかりましたね」

 御者の青年が焦ったような口調で言う。

「早くしないと……くそっ、こいつら、もう出て来やがったのか」
「チッ」

 イギーの舌打ちが聞こえる。
何かと思い、暗闇に目を凝らすと、荷車の周囲を黒いモヤが取り囲んでいるように見えた。
閉められた門の付近には、ナギカ達以外にヒトはいなかったはずなのに、いつの間にか、黒い人影のようなものに道を塞がれていた。

「えっ、何、こいつら!?」

 闇に目が慣れると、人影の正体がわかった。
ヒトの形をしてはいるが、ヒトではない。

 街中の至る所、陰になっている部分から黒いモヤが発生している。
そのモヤが、意志でも持っているかのように集まり、ヒトの形を成しているのだ。ちょうどヒトの頭に相当する部分に、目のような赤い光が二つついていて、出来の悪い粘土細工のような手足を伸ばし、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「ナギカ、見てはいけない」

 そっと、ランカーの手がナギカの視界を遮った。

「あれこそ、我らが最も忌むべきモノの一つなのだから」
「ジャギ! ランプを寄越せ!」

 キン! と、カインたちが武器を抜き放つ音が聞こえる。
両目を塞がれたまま、ランカーはナギカを荷台にかつぎ上げた。そこに抜き身の剣を持ったカインが乗り込み、乱暴にランプを押しつけてきた。
青白い光を放つそのランプは、中で炎が燃えているにもかかわらず、外側に直接触れてもまったく熱を感じない不思議なものだ。

「あれはシャドウ。夜の間しか出てこないけど、ヒトを見ると襲ってくるから気を付けろ」
「じゃあ私はどうすれば良いの!?」
「あいつらは、建物の中までは入ってこられないんだ。ボロ宿で悪いけど、一番近くの宿を取るよ」

 宿の質なんてこの際どうでも良かった。
とにかく今すぐ安全な建物に避難したくてしょうがない。
ブンブン首を縦に振ると、カインはナギカを荷台に残してサッと外へと飛び出した。
そのとき彼は、ランプを荷台に置いて行った。

「ちょっと、明かり預かっちゃってて良いの?」
「人間と違って、おれたちは暗闇でも目が利くから平気」
「……あ、そう」

 せっかく心配してやったのに、返事は馬鹿にするような口調で返ってきたのムッとする。
それに、ランカー達と笑いながら話をしつつ、応戦している音が聞こえる。
荷台の布は降りており、外の様子を直接見ることは出来ないが、戦闘は余裕そうなことが伺えた。

 まだ危機を脱出していないにもかかわらず、ナギカはこの時点ですでにホッと胸をなでおろしていた。
ゆっくりとだが荷車が動き、宿の敷地に着くころには、疲労からか、すでに深い眠りの世界へと旅立っていた。

 カチャ……と、食器のたてる僅かな音が気になって目を覚ました。
確か、荷車で寝てしまった気がするが、ここが荷台の上ではないことは地面の感触からもわかる。
床……と言うよりは、地面に横になっているらしい。
干からびた土の感触と、ごつごつした岩が敷き詰められた、山も海も見えない、一面の荒野……

「おはよう、ナギカ」

 立ち上がり、ゆっくりと声のした方向を振り返れば、半壊した建物の中に、荒野に似つかわしくない、真っ白なテーブルと二脚の椅子。そこにゆったりと腰掛ける、会ったことのない少女の姿。
見覚えはない。けれど、確実に、声を聞いたことはある。

「自己紹介するわね。私の名前はソフィア」

 飾り気のないふわふわした真っ白なワンピースが似合う、腰にまで届くハーフアップの金の髪の不思議な少女は、胸に手を当てて、やけに落ち着いた声色で名乗った。
見た目は同い年くらいの少女の姿をしているのに、まるで数百年間生きているかのような、不思議なオーラを纏った少女だ。

「たすけてくれるって、言ったわよね?」

 くすくすと少女が笑う。
そして思い出したのだ、この声を、どこで聞いたか。

 この世界に来る直前に聞いた、あの声だ。

「あなたが、私をこの世界に連れてきたの……?」
「元の世界に帰りたい?」

 ソフィアは質問には答えずにそう聞いてきた。
もちろん、帰りたいに決まっている。
テーブルの上に置かれた、上品なティーセットのカップに口をつけながら、彼女は言う。

「私をたすけてくれたら、元の世界に帰してあげるわ。でもその前に、お願いがあるの」
「お願い?」
「私の大事なペンダントを……取り返して欲しいの」

 そう言う彼女の胸元には、赤い宝石があしらわれたシンプルなペンダントが輝いている。そのペンダントトップを指さして、「これと同じものよ」と言う。
同じものをいくつも持っているのか? という疑問は胸の中にしまって、ペンダントの手がかりを探る。

「誰が持ってるんだ? 取り返して、持ってくれば良いの?」
「いいえ、持ってくる必要はないわ。ただ、私の気に入らない人の手に渡ってしまったから、使えなくして欲しいのよ。そのせいで、彼が自由に動けないんだもの……」

―――それではおもしろくないでしょう?

「そのペンダントはいったい、誰が……?」

 ソフィアはこちらの欲しい情報には一切答えず、再びティーカップに口を付けた。
それと同時に、凄まじい眠気が襲う。目を開けていられない突然の感覚に逆らえず、地面に倒れ込んだ。

「……好きに使って良いのは、私だけなのよ?」

 ソフィアは笑う。冷たい表情で。

「ああ、かわいそうな―――」

 もう、ソフィアが何を言っているかは、聞き取ることが出来なかった。
結局、何一つわからないまま、何の手がかりも無いペンダントを探すことになってしまった。
何も聞き出せないまま、意識は闇の中に落ちた。

「……あなたが救われることは、もう、無いのに」

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