降臨者7

 野次馬の輪をくぐることも、押し退けることもせず、カインは輪の中心にキレイに降り立った。
当たり前だ、背中に生えた白い翼で、実際飛んでいるのだから。

 その光景は、さながら天使の降臨のようだった。
天使の降臨なんて見たことはないくせに、なぜかそう思ってしまったナギカは自分で自分が寒くなった。確かに一瞬驚いたが、ただそれだけだった。
内心「本当に何でもありなんだな」とすら思った。案外自分は冷静らしい。

「おいやめろ、お前ら」

 声をかけられて、騎士たちも驚いたようだ。剣を手に持った騎士が、掴んでいたボロ布を放した。
子供の身体は重力に逆らわず、地面に崩れ落ちた。どうやら、すでに気絶してるようだ。

「あ?」
「なんだお前?」

 止められるとは思っていなかったのか、騎士たちは身体をビクつかせてカインを見つめた。顔を覆う兜のせいでその表情は全く見えない。

「そいつの身柄はおれが預かる。獣人の駆逐なんて聖騎士団の任務には入ってないはずだ。お前らは通常の任務に戻れ」

 いくらなんでも喧嘩腰過ぎる。
はたから聞けば「おまえ何様だ?」と言いたくなる口調でカインは騎士たちにそう言った。騎士たちもなんだかポカンとしている。

「……なんなら、おれが相手するぞ?」

 一瞬で場の空気が張りつめた。
カインが自分の剣の柄に手をかけたからだ。
たったそれだけの仕草で、素人であるナギカですら、こいつはただ者じゃないと思わせる何かがあるのがわかる。

 ぴしっと横一列に並んだ騎士たちが姿勢を正す。剣を抜いていた一人も、素早く鞘に納めてしまった。
揃いの鎧の揃いの兜のせいで表情は分からない。しかし三人ともきっとすごい汗をかいている事だろう。

 騎士の三人はそれぞれ少しだけお互いの顔を見合わせた後、何も言わずにそそくさと野次馬の輪を抜けていった。

「うっわ、逃げた……つまんない」

 カインが姿勢を崩す。それを合図にしたかのように野次馬も何食わぬ顔で散って行く。
誰も何も、言わなかった。
倒れている子供にも、誰一人手を差し伸べたりしない。

「これで良いんでしょ、ナギ?」
「全っ然、良くない!」
「えぇっ!?」

 ナギカに怒鳴られ、カインはアホみたいな声を出した。
もういかにも仕事終わりましたさぁ帰ろうみたいな仕草で戻ってきたもんだから、ついカッとなって怒鳴ってしまった。

 ナギカは呆然と立ち尽くすカインを無視して、さっきまで騎士たちが立っていた場所に駆け寄った。
野次馬が散った場所に、ポツンと取り残されたもの……虎の頭をした子供だ。

 カインは獣人って言ってたっけ。
イギーも虎頭だったが、この子は頭も身体も遙かに小さい。

 ナギカはくったりと横たわったその身体を抱き上げた。
息はある。所々毛皮が血に濡れているのが痛ましい。
こんな小さな子供を、武装した複数人で暴行していたのだ。

「どうするつもりですか? さすがにこのまま放っておいたら死んでしまうと思いますが」
「助けたのはナギだろ。どうするつもりだったんだ?」

 まるで他人事のようにトリトとカインは話し出す。
放っておいたら死ぬほどの状態にも関わらず、二人の会話はいたって冷静だ。
いや、冷静と言うよりは感情そのものがないのかもしれない。
もしかしたらこんなこと、この二人にとっては、あるいはこの世界にとっては日常茶飯事のことなのかも。

 病院につれて行くにしても、病院がどこにあるのか知らない。
ついでに言うと、治療費がいくらかかるか知らないが、そもそもこの世界の通貨も持っていない。

 最初からアテなど無かった。
元の世界と勝手が違うこの世界で、頼れるのは今目の前にいるこの二人しかいない。

「治療とか……できない?」

 トリトは困った顔をした。
しかしその隣にいるカインは、これは名案だという顔で言った。

「アスターに行くのを遅らせればいい」
「えっ!?」
「……いいの?」

 驚いたのはトリトだったようだ。

「だ、駄目ですよ! 降臨者は見つけ次第すぐにアスターに届け出ることが義務づけられているじゃないですか!」
「遅れて行ったってかまわないだろ。どうせあの引きこもり王は降臨者をいちいち把握しているわけじゃないし」
「でも、聖騎士団や宮廷魔導師たちに知られたら……教会や元老院だって!」
「へーきへーき」
「もう……知りませんよ」

 ぶつぶつと文句を言っていたが、トリトはナギカの腕から子供を抱き上げると荷台に乗せた。
ナギカとカインも荷台に乗り込む。

 そう言えば、いつの間にかカインの背に生えていたはずの翼は無くなっていた。
やはりアレは幻か何かなのだろう。もしくは、現実逃避したいナギカの精神が見せた白昼夢だったのかもしれない。
いちいち気にしていたら身がもたなそうなので、その件について質問するのはやめた。相変わらず白い尻尾はふわふわと揺れているが。

「もうちょっと行ったら、おれの家があるから」
「わかりました」

 ナギカがしっかりと乗り込んだのを見送って、トリトは走竜の手綱を握った。

 揺れる荷台の上で、横になった小さな子供が呻いた。
動物の手当をしたことがないナギカには、残念ながらこの子供の怪我の状態が軽いのか酷いのかの判断が出来ない。
毛皮は確かに血で汚れているが、傷の深さが毛で隠されていまいちわからない。荷台の床に血溜まりが出来ないので酷い出血はなさそうだが、下手に触れて傷口を開かせるようなことがあってはならないと、結局は手出しが出来ずにいる。

 助けろと言ったのは、自分なのに。

「まぁ、うちに回復魔法の得意な奴がいるから、そいつに頼めば怪我なんて一瞬で治るさ」
「カインは使えないの? 回復魔法」
「魔法にはそれぞれ得意不得意があるんだよ」

 せめて応急処置はしたかったが、魔法を使えないナギカが、きっぱり不得意だと言う魔法を使えと他人に強要するわけにはいかない。
使えないこともないけど……と小声で付け足してはいたが、やはり不得意分野なのだろう。カインの視線は自信なさげに下を向いている。

「でも、どうしてもってナギカがキスしてお願いしてくれるなら……」
「…………」
「え……なんか、怒ってる?」

 ……頼る人を間違えたかも。

 こんな奴に一瞬白い天使の羽が見えたなんて、自分の目は相当疲れているんだと思う。さっさと元の世界に帰ってゆっくり休もう。
って言うか、次の目的地に着くまで少し寝てしまおう。

 荷台の壁に背を預けて目を閉じる。

「ナギってさー、大物だよね……」

 ふつうこの状況で寝たりしないよね。
なんてぶつくさつぶやいてる声が聞こえる気がするけど、あーあーきこえないなんにもきこえない。

「……まぁ、獣人ってのは大概頑丈に出来てるから。怪我の程度は心配しなくても平気だろうさ、でも……」

 でも……なんだろう。あんまりその先は聞きたくない。
目を閉じたら自然と意識が離れていった。

「ホント、助けてどうするつもりなの? 『獣人なんて』」

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