アイオンの鍵

創作好きの絵と文サイト。オト(@oto05i)の日々とウサギ、ゲーム、青い食べ物など。オリジナルイラストとファンタジー小説展示。

降臨者15

投稿日:2016年6月28日 更新日:

 鮮やかな赤が飛び散る。

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 まりあの悲鳴が、サイレンに交じって街に響いた。
強引に弾かれた衝撃でとっさに受け身も取れず、無様に尻から地面に転がるが、怪我はない……ナギカは。

「クソッ!」

 ナギカを突き飛ばした張本人であるカインの腕は、二の腕から手首にかけて大きく切り裂かれていた。
尋常じゃない量の血液が地面に広がる。しかし、そんな状態であっても、彼は無事な方の腕で剣を構えると、素早く二体のシャドウを切り払った。
神速の剣技は、シャドウに避ける間を与えない。

 煙のように消え去る二体のシャドウの向こうで、残る一体が血に濡れた爪を振りかざしながら、やはりこちらへ向かってくる。
蹲ったまりあを庇う様に、フィリアが再び武器を取り出し構える。しかしシャドウは二人のことは見ていない。まっすぐ、ナギカだけを見ている。

 ナギカはここへ来たことを後悔した。

(シャドウは降臨者を襲わないんじゃない……まりあを襲わないんだ)

 鋭く伸びた黒い爪がナギカに届く前に、シャドウの腕は消し飛んだ。
腕を失ったシャドウが理解するより早く、カインはシャドウ切り捨てていく。怪我をしているとは思えない動きで、あっという間に三体のシャドウを倒すと、急に彼の体が傾いた。
剣を収めて膝をつき、腕の出血部に手を当てるが、ポタポタとこぼれる血は止まりそうもない。

「この程度も治せないなんて……」

 青い顔でカインは、ぼやくようにそうつぶやいた。足元の鮮やかな血だまりが、緩やかに広がってゆく。
ただの人間であるナギカに、できることは無い。
どうすることもできずに立ち尽くしていると、浄化班の中から一人、見覚えのある男性が近づいてきた。

「どうした、やられたのか?」

 上下で白と黒に分かれたローブ。アスターの城で見たケイマという魔導師だ。
彼はカインのそばで小さく何かを唱えると、淡く発光した手のひらでカインの腕を覆った。すると苦しげだったカインの表情は和らぎ、勢いよく滴っていた血も止まった。カインの店で一度見た、アルフィーを癒したエルーニャの回復魔法にそっくりだ。

「まぁ、表面の傷は塞いだが、これ以上は俺にも無理だ」
「わかった、悪いけど、ちょっと……行ってくる」

 カインはナギカにそう告げるとナギカたちから離れ、ふらふらとした足取りで夜道へ消えて行った。
結局ナギカは、カインに何の言葉もかけることはできなかった。
シャドウから、助けてもらったのに。

「心配しなくても、奴ならすぐ帰ってくるさ」

 あまりにもカインの消えた道を無言で凝視していたからか、ケイマにも心配することはないと肩をたたかれた。

 気が付けばサイレンはすっかり鳴りやんでいた。
異形の現場は片づけられ、シャドウもあらかた聖騎士団が討伐し終わっていたらしい。聖騎士団と浄化班、双方が撤収準備に入っている。

「まったく、わざわざ宮廷魔導師を使って浄化とはな。しかし最近異形関係で騒がしい、警戒しておくに越したことはないか。お前たちも何があるかわからないから、夜間不用意に屋外に出るんじゃない」

 壁や木材を火で焼いた後の、独特の焦げ臭さが残る現場で立ち尽くす場違いなナギカたちを、ケイマはいさめる。

「ナギカちゃん、まりあちゃん、いったんうちに帰ろう? シャドウが落ち着いている今のうちに」
「まりあの家は近くだったな。そこまでは護衛しよう、大事な降臨者さまだしな」
「お願いします」

 やはり相当怖かったのだろうか、まりあは蹲ったまま動かない。ナギカは、自分のせいでカインが怪我をした負い目のせいか、怖さよりは心配の方が勝った。カインが向かった道の方を振り返るが、深い夜の闇が広がるばかりで、その先は確認できない。

「カイン、大丈夫かな……」

 ぼそりと呟くと、ようやくまりあが顔をあげた。が、なぜか虚ろな目で、ナギカに答えた。

「『あいつ』は大丈夫よ」
「?」

 それっきりまりあは言葉を発することなく、フィリアにもたれながら家路へと歩を進める。
暗い夜道をゆっくりとしたペースで歩くが、最後尾のケイマは急かすこともせず、彼はひたすら護衛に徹した。
幸い、帰り道でシャドウを見かけることは無かった。

 結局何事も無くまりあの店に帰り着き、別れ際ケイマに「夜明けまではここで三人固まっているように」と念押しされた。
女子しかいない空間ではあっても、さすがに家の中は安全だし、一応フィリアも戦闘要員なので、ケイマは城に戻ることにしたようだ。送ってもらったお礼を述べてケイマを見送る。

 早々に日が落ちたせいで夜が長い。

 調子を取り戻したらしいまりあが、やることもないので皆で寝る準備をしようかと風呂の準備をしてくれた。

 まりあの家にはお湯を溜めるタイプの浴槽があり、シャワーではなく湯船につかる習慣があるのだという。その話を聞くと、やはりまりあは日本人だなとつくづく思う。
本来は疑問に思う部分なのかもしれないが、ナギカの妹にも、血のつながらないクレアという名の、日本語しかしゃべれない金髪碧眼の日本人がいるので、まりあが金髪なことに特段違和感はない。
お風呂が大好きなのは、日本人の特徴と言ってもいいのではないだろうか。

 客人ということで、ナギカが一番風呂をもらうことになった。

 水やお湯の調整などはすべて簡易魔法陣による魔法で制御されていて、スイッチのオンオフのように魔法陣に触れて切り替えることで、ある意味現代より快適にお風呂を入れることができる。驚くことに、こういった魔法設備は、ほぼすべての家庭に備わっている基本的なものとのことだ。
この簡易魔法陣のおかげで、魔法を使えない人でも簡単に水や火や光源といったものだけは自由に使えるようだ。もちろんこれの設置には決まりがあって、好きなところに、好きなだけつけることはできないらしい。
あくまで、最低限必要な分だけとのことだ。

「お風呂ありがとう」

 人の家なのに結構がっつり頭も身体も洗ってしまった。
元の世界では一日着た服はすぐ着替えて洗濯する習慣が身についているし、服を新調したので着替えの心配がなくなったせいだ。着替えた汚れ物もバッグに詰めて、洗える時に全部洗えるようにまとめてある。

「じゃあフィリア、次あたしが入っても良い?」
「うん」

 まりあが着替えを手に風呂場に消えると、残されたフィリアは軽食を口にしてた。そういえば、まだそんな時間なのだ。太陽がないと時間の感覚が狂う。

「ナギカちゃん、何か食べる?」
「ごめん、食欲無いや……」

 異形があんなにグロテスクな姿をしているとは思わなかった。
今は平気だが、食べ物を口に入れたら胃の中のものを全部戻してしまいそうな気がして、食事は断った。フィリアは特に気を害した様子もなく、軽い食事を終えると、にこやかにナギカの分の毛布の確認をしに二階に上がって行った。

 ナギカは手近なソファに深く座った。シンプルな布ソファだったが、座り心地が良く、このまま眠れそうでもある。
もう立ち上がれる気がしない。
これが噂の人をダメにするソファなのかもしれない。

 あとは寝るだけ、という状態になって、ナギカはなんだか修学旅行みたいな感じだなと一瞬思った。先ほど異形を見たばかりなのに、我ながら緊張感がなさすぎる。
食欲は無くとも、眠気だけは通常運転だ。正直、毛布や寝床がなくとも、この床でも眠れそうだと本気で思う。
屋内は安全と言われているので、暖かな光で包まれたまりあの家にはとてつもない安心感がある。

「フィリア、お風呂空いたよ」

 寝間着に着替えたまりあが風呂場から顔を出す。寝間着らしく、首元の大きく開いたゆるいワンピース状の服。
その瞬間、ナギカは目を見開いた。ナギカがずっと探していたもの。それが今、目の前にある。

「まりあ、そのペンダント……!」

 先ほど感じていた疲労感も吹き飛び、ソファから飛び起きる。

 赤い石のペンダント。
ナギカが探すそれが何のことか理解したまりあは、自らの首にかかっているペンダントの石を握りしめた。
まりあの目の色が変わる。先ほど異形騒動の現場で見たような、どろりと濁った虚ろな目。

「こ、これは……ダメ、これだけは、ダメなの……」
「まりあは元の世界に帰りたくないの? そのペンダントがあれば、ソフィアから帰る方法を聞けるかもしれない! 少し貸してくれるだけでもいいの、お願い!」
「……」

 できることなら無理に奪うような真似はしたくない。
しかしなぜか頑なに、まりあはナギカにペンダントを渡すことを拒んだ。まるで見せることすら嫌がるように、ナギカに背を向ける。
どう考えても異常な反応だ。このままでは、話をすることもできそうにない。

「これは、あいつに……」

 震える声でまりあがそう絞り出すと、屋上から聞き覚えのある轟音が鳴り響く。今日一日だけで何度も聞いた突風の音。

「あれっ、みんなまだ起きてたのか?」

 バルコニー側のドアから聞こえてきたのはブレイドの声だ。

「ごめんね、まりあ」

 ナギカは自分の荷物を持って二階へ上がる。

 事情は分からないが、あれはまりあにとっては大事なペンダントだったらしい。今のままでは冷静に話をする自信がない。
毛布の準備をしていたフィリアにもごめん、と謝罪を入れて、ナギカはブレイドにカインの店まで連れてってくれるように頼みこんだ。ブレイドは特に何も聞かずに、セピアを再び飛ばしてくれた。

 見慣れない夜景を見ながら空を飛ぶ。
夜景も異世界感あふれているが、何より頭上に輝く二つの月が怖い。人工的な明かりが少ないせいで、街はどこまでも暗くて、月と星が異様に眩しい。
夜間に働く習慣もないようなので、アステリアの街自体はそれほど明るいわけではない。異形騒ぎがあった影響か、まりあの家付近はだいぶ明るい。

「セピアは、シャドウは平気なの?」
「んー、異形やシャドウは魔物の類はあまり襲わないかな。おかげで異形が出たら真っ先に駆り出される。まったく、俺は伝令役じゃないのに、飛竜使い荒いよなー」

 この二人(一人と一匹?)には日が落ちる前からお世話になりっぱなしで、日が落ちてからも異形の伝令に走って、働いていたことをすっかり失念していた。

「ごめんねブレイド、セピアも……なんだかまりあの家に居づらくなっちゃって」
「まぁ、大丈夫。でもカインの店に着いたらセピアはもう休ませるぜ? あいつの店の近くなら下手なものも寄ってこないしな」
「わかった。ありがとう」

 そうして到着したカインの店。
ブレイドはセピアを店の前に止めると、休むように言い聞かせた。賢い銀竜は翼をたたんでその場で丸くなる。こうしてみると、犬みたいでかわいいかもしれない。

 カインの店のドアプレートは「クローズ」のままだ。周囲同様しんと静まり返っていて、明かりもついていない。
鍵がかかっているかと思いきや、ドアはすんなり開いた。ガラン、とドアベルが鳴る。
その瞬間パッと室内の明かりがついた。この展開には身に覚えがないが、テレビ等では覚えがある。旦那の朝帰りを咎める為に、玄関でずっと待機している鬼嫁の図だ。
そして飛び込んでくる、小さな……天使?

「おっそいのー! 何してたの……カインちゃんは?」

 聞き覚えのある口調に身長の女の子(?)は明らかに昼間見た時と姿が違う。
青い目はそのままに、茶色い髪は夜明けの空のようにグラデーションがかかって、耳は長くとがり、頭上には金の輪が光る。そしてその背には空色の翼が生えていて……要するに、いつの間にかエルーニャが天使になっていたのだ。そりゃ驚く。

「え、エルーニャ……?」
「何びっくりしてるの? ……あっ!」

 ナギカが凝視する頭の輪っかに気づいたのか、エルーニャはボーン!と音を立てて、今更のように茶色い髪の女の子に化ける。

「変身するの忘れてたのー!」
「さっきのが、本来の姿……?」
「エルーニャみたいな天魔は珍しいから、人間にでも化けてろってカインちゃんに言われてたの、忘れてたのー!」

 えっへんなの! と、エルーニャは無い胸を張った。
どのあたりに自慢するところがあったのか。良くわからないが、もしかしたら天魔というのはすごい種族なのかもしれない。
ブレイドは最初からこの姿を知っていたのか、目の前で変身ショーを繰り広げられても特に反応は無い。
ナギカも、本物の天使など見たことがないが、「こういうのも有りか」とすっかりファンタジー世界になじんだ感がある。この世界に来て初めの方で、獣人を三人も見たことで耐性が付いたのかもしれない。人の姿をした人外であれば驚きは少ない。

 しかし今更人間に化けて見せても、もう手遅れだと気づいたのか、茶髪の人間姿からボボーンと煙を出して天使の姿に戻った。エルーニャにとっては、こちらが本当の姿らしい。

「そ、そんなことより、カインちゃんはどうしたの?」
「そういえば、まりあの家にも居なかったな。まだ帰って来てなかったのか?」

 エルーニャとブレイドがナギカに詰め寄る。

「私たち、異形を見に外に出て……カインは、私を庇って怪我して、それで……」

 ナギカは二人に正直に、先ほどの出来事のすべてを話した。
まりあと異形を見に行ったこと、シャドウに襲われたこと、カインに怪我をさせてしまったこと。
意外なことに、それを聞いても二人は驚かなかった。ナギカを責めることもしなかった。

「あー……まぁ、あんまり気にすんなよ。あいつが怪我するのは割としょっちゅうだし、帰ってくる頃にはピンピンしてるって」
「気にすることないのー。カインちゃんは人間と違って丈夫なの」

 二人は口々にそう言ってナギカを慰めた。しかしナギカは良く理解できない。
カインが人外だから、怪我をしても平気とは思えない。ナギカを庇ったせいで怪我をしたのは事実だし、流れる血は確かに赤かったし、何より……

(痛そうだったな……)

 カインが帰ってきたら、まずは謝ろう。
ナギカは少しうつむいた。それがよほど落ち込んでいるように見えたのか、ブレイドとエルーニャはますます声を張り上げてナギカを励ます。

「そのうち帰ってくるよ。あいつがナギカを放っておくわけないからな」
「カインちゃんは殺しても死なないような男なのー」
「うん、でも悪いのは私だし、ちゃんと謝る」

 助けてもらった直後は気が動転していたのもあるが、ただ茫然とするばかりでお礼も何も言えなかった。
もしもカインが降臨者を守るという義務を負っていたのだとしても、それを当たり前としてふんぞり返るような真似はしたくない。それに、見知らぬ世界だからと言って嫌な態度を取りたくない。

「私、まりあにも酷いことを言ったかもしれない。ペンダントだけであんなに取り乱すなんて、よほど大事なものだったのかも」
「ペンダント……?」

 思い当たることがあるのか、エルーニャが反応する。しかしウンウン唸るだけで答えは出ないようだった。

「とにかく、まりあをなんとか説得しないと。私がソフィアに探せって言われたペンダントをまりあが持っていたの」

 赤い石の、シンプルなペンダントだ。
探し物の特徴を伝えても、エルーニャは思い出せないようだ。ブレイドに至っては心当たりがないという。

 ペンダントの他に気になることがもう一つある。自身を記憶喪失というまりあの、あの反応。

「まりあは、記憶がないんだよね? でもさっき、まりあはカインの事知ってる様子だった。ねぇ、まりあに何があったの?」

 ナギカが二人に問いかけると、今まで唸っていたエルーニャが答えた。

「まりあはちょっと前まで、ここに住んでたの」

 それはナギカがやってくる数か月は前の事。
まりあが記憶を失い、カインの店を出て行き、夢だと言っていた衣服のお店を持ったのはすべて同時期なのだという。
具体的に何があったのかは、その場にいたカインしか知らない。エルーニャたちが知っているのは、その事件にはカインが関わっていることくらい。カインが何も語らないので、二人も事の委細を聞き出すことはできていない。

「まりあはああ見えて結構長くこの世界にいる。あの様子だと、元の世界に帰ることも忘れてるんじゃないかな……」
「そんな……」

 まりあのあの様子を見るに、まりあはソフィアに会ったことがないか、もしかしたらソフィアに出された元の世界に戻る条件を忘れてしまっているのだろう。
自分の店を持って満足しているようだし、すっかりこの世界の住人の一人として溶け込んでいるように見えた。
もしもまりあに元の世界に戻る意志がないのだとしたら、まりあに協力を仰いでペンダントを借りるのは絶望的なのかもしれない。

 しかし、ナギカにはどうしてもあのペンダントが必要なのだ。
では、どうすればいいのだろうか……?
一人考え込んでいると、ブレイドに肩を叩かれた。

「カインは君の味方だよ、それは信じていい。だから本当に帰りたいなら、あいつを利用しろ」

 ブレイドはいたって真面目にそう伝えた。カインを利用しろと。
ナギカはまりあと違い、この世界で生きていく気はない。たとえ降臨者ともてはやされ、担ぎ上げられたとしても、無事に元の世界に戻ることを第一に考える。ただひたすら、自分が元の世界に戻りたいがために、その手伝いをカインはしてくれるのだろうか。

 窓から光が差す。ブレイドが窓枠にもたれて外を覗き込んだ。

「おっ、見なよナギカちゃん、夜明けだぜ」

 窓の外の空が、一気に明るくなる。空の端、インフィニティの方角から白んで、空全体が瞬く間に昼のような明るさになる。
日が昇る。その「日」は、直視しても目が痛くならない不思議な光だ。朝日が、普通なら考えられないスピードで真上まで登りきった。
この「日」が日没以外で、真上から傾くことは無い。「日」が沈んだ時が夜なのだ。
これがこの世界の夜明け。

「すごい……」
「インフィニティの鐘は鳴らなかったから、まだ巫女は存命なんだな。今の巫女が死んだら、次の夜明けでインフィニティから鐘が鳴る。そしてみんなは新しい日の巫女に変わったことを知るんだ」
「きっともうすぐなの。鐘が鳴ったらみんなでお祈りするって、カインちゃん言ってたの」

 この「日」は、巫女の命そのもの。
もうすぐそれが尽きる時がやってくる。

「異形もシャドウも出ない世界を作ることは、できないのかな?」

 本心から出た言葉だが、それを聞いて二人は押し黙った。
また悪いことを言ったのかもしれない。この世界の事をよく知りもしないくせに、軽率だった。

 そんな都合のいい方法があるなら、とっくにやっているはずだから。

 失言を反省するより先に、ナギカは特大のあくびをした。
よく考えたら、一睡もせずに朝を迎えたことになる。眠くなるのも当然だ。
口を手で覆っても、浮かんだ涙は隠せない。ナギカの様子はエルーニャにばっちり目撃されていた。

「まったく仕方ないの! 降臨者だから泊めてあげるけど、そのかわりカインちゃんが帰ってきたらちゃんと働くの!」

 エルーニャはビシィ!っとナギカの鼻先を指さした。

「ここはエルーニャとカインちゃんの愛の巣なの!」
「あ、あいのす……」

 予想外の単語がエルーニャから飛び出して唖然とする。
このいかにも幼女と言って差し支えない天使に、いったい何をさせているんだか。
とりあえず、謝った後はどういうことなのか問い詰めようと思う。

 ふわぁ……と再びあくびが漏れる。
つられてか、ブレイドも豪快にあくびをした。

「……結局寝れなかったな」
「二階の寝床はいつでも好きに使うのー」
「俺も眠いや……けどこの後すぐ仕事だからな」

 朝日まで拝んでしまったのに、ナギカの眠気がピークを迎えた。
夜が明けても、眠いものは眠い。
うつらうつらとするナギカと対照的に、きびきびとブレイドは動く。出かける前にナギカに釘を刺しておくことも忘れない。

「俺、仕事だから行くけど、あいつが帰ってくるまで、むやみに動き回らずここにいた方が良い」

 そう言ってブレイドは店を出て行った。残されたのはエルーニャとナギカの二人。
ナギカはエルーニャに勧められるままに二階へ上った。

 いつもエルーニャが寝起きしているのは二階の部分で、そこには二組分の寝床として毛布が敷かれていた。
恐らく布団を畳むとか、整えるとか、そういった習慣は一切ないのだろうと一目でわかる万年床である。
いつもならば、他人の寝床に寝そべるなんてありえないが、この時のナギカの思考は眠気で停止していた。持っていた荷物も全て空いているスペースに散らばして、毛布の上に横になる。

「仮眠しようかな」

 敷きっぱなしの毛布がこんなに心地よく感じるとは、眠気はもはや限界らしい。
ナギカはそのまま、すぅっと眠りの世界へ誘われた。

 眠りの世界。

 いつもの、あの場所へ。
そして聞こえる、あの声。

「ねぇ、あなたは……異形もシャドウもいない世界を作れるとしたら、どうする?」

 ソフィアの声。
この世界で見るいつもの夢だ。しかし、今回はなぜか体の自由が利かない。目も開かない。
ごつごつとした地面に、仰向けに倒れたまま、ソフィアの言葉に返事をすることができない。

 異形もシャドウもいない世界。エルーニャたちの前で、それを口にしたのは自分だ
ナギカのいた世界には異形もシャドウも居ない。だからこの世界も、そんなものに苦しまなくて良くなる方法があるなら、もしそんな方法があるのなら、自分にできる範囲で協力はしたい。

 だって知ってしまったのだ。本物の異形も見た。
あんなふうに苦しんで死ぬなんてあんまりだ。できることなら助けてあげたいと思うのは、普通の事じゃないだろうか。
あくまで、自分にできること、なら。しかしそれをソフィアに伝えることができない。
声が出ない。体が、重い。

「方法はあるわ、でも……」

 突然ソフィアの声色が変わる。

「そう、そんなに私の邪魔がしたいの?」

 ナギカに向かってではなく、別の存在へと敵意に似た感情を向けて、しかしナギカの意識はどんどん遠ざかり、しまいにはソフィアの声は聞こえなくなった。

「許さないわよ……カイン」

 意識が沈む。

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好き嫌いの激しい雑食性偏食家。天使と青色1号が好物。脳みその主成分がSFと人外とファンタジーで出来ている。
絵が描けます。小説も書きます。
月の住人と同居中。創作国チョコミン党きのこの山派メーデー民ゲーマー。乗馬はじめました。
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