アイオンの鍵

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「覆水」

投稿日:2013年3月25日 更新日:

ロアとカヅイ

平凡少女と平凡少年の小話。純愛で悲哀。

 ロアとカヅイは関係性で言えば幼なじみだ。それも、極めて普通の。

 ロアは平凡よりやや貧困気味な両親との間に生まれた一人娘で、母親を早くに亡くしている。家を継いでいかねばならない家系でもないため、ロアの父親は再婚のあてもなく、きょうだいは他にはいない。

 たまたま同じ年に生まれ、たまたま家が近かったせいもあり、同じく一人っ子のカヅイと異性とはいえ、自然に仲良く遊ぶようになっていった。
お互い良い遊び相手だったのは、幼い頃のわずかな時間の話だ。
今思えば、おっとりしていて割と鈍くさいロアと活発なカヅイで追いかけっこなど、ロアの勝ち目がないことは分かりきっていたのに、よくやったものだ。

 カヅイの家は、ロアの家と比べれば格段にマシな生活が出来ていたとはいえ、余裕のある方ではない。カヅイが十歳になる頃には、出稼ぎや父の仕事の手伝いにと、良くかり出されたものだ。
幸い、サンドランドは景気が良く、街の建築開発が盛んだったため、男手が必要な仕事は豊富にあり、金には困らなかった。もちろん、無駄遣いをしないことが前提だが。

 ロアの家は父親が仕事に出かける。
しかしロアの父親は要領の良い方ではなく、仕事の報酬を受け取り損ねたり、だまされたり、わずかな作物を売りに出しても安く買いたたかれて、収入にならなかったこともあったそうだ。

「お父さんは優しすぎるのよ。時々それが裏目に出ちゃうの」

 そう父親をかばうロアをカヅイはこれまで幾度となく見ていた。
カヅイは知っているのだ。ロアの父親が仕事でミスをする度、申し訳なさそうな顔をすると同時に、ロアを負担に感じているという事を。
それは決して疎んじたり、ないがしろにするようなあからさまな態度ではないものの、心境を感じ取ったのか、ロアと父親の関係は日に日にぎくしゃくしたものになっていった。

 父親との関係が悪化するにつれ、ロアから笑顔が消えて行く。
カヅイは、なぜかそれが悔しかった。

 月日は流れ、ロアは十四歳になった。
ロアが誕生日を迎えても、カヅイはまだ十三歳だ。
かけっこでもボール遊びでも、ロアに負けたことは何一つないのに、先に十四歳になったロアを見て、負けた気がした。生まれた日ばかりはどうにもならない。

 カヅイはすでに働いていたが、家のお金は自由にできない。ロアの誕生日には毎年、野花を摘んでプレゼントしていた。ありきたりで、見渡せばそこらじゅうに生えている花を、ロアはそれでも喜んで受け取ってくれる。

「ありがとう、カヅイ」

 花のほころぶような笑顔だった。
その表情を見た瞬間、顔に血が上るのを感じたカヅイは、とたんに恥ずかしくなる。

「成人したらもっと良いものをプレゼントするよ……僕も十五で成人だし」

 少し視線を逸らしながらそう言ったカヅイに、ロアは不思議そうな表情で言う。

「私は花もうれしいのよ?」

 これが、ロアの心からの答えだということは分かりきっている。しかしカヅイは譲らない。

「花よりも良いものを贈るよ、約束だ」
「じゃあ私も、カヅイのプレゼント用意しないとね」
「何をくれるの?」
「秘密。カヅイの十四の誕生日プレゼントも、秘密!」

 軽快に笑って、ロアはカヅイに「楽しみにしててね」と甘い声で言い残し、帰ってしまった。

 すこし、ドキリとした。
妙な気持ちになってしまいそうで、それを振り払うために頭をブンブン振ってみる。

 カヅイは、少し前から考えていたのだ。自分が成人になったら、その時ロアと結婚したいと。
今よりもう少しがんばってお金を稼いだら、ロアの成人の日に指輪をプレゼントしようと思う。大層なものは買えないかもしれないが、ロアは家を出た方がきっと幸せになれる。
裕福にはなれないかもしれないけれど、きっと二人でなら、やっていける気がしていた。

「カヅイ……」

 ロアがこちらを見つめる目は悲しそうだ。けれど、自分は喜んでやらなければならない。
今日は、おめでたいハレの日なのだから。

「似合っているよ、ロア」

 体型に合わせて作られた、金糸の装飾が美しい豪奢な花嫁衣装に身を包んだロア。その表情は、やはり浮かない。
けれど、カヅイにはどうすることも出来ないのだ。どんな言葉を投げかけてやればいいのかも、わからない。

 やっと、やっと迎えたこの日、ロアの十五の誕生日。
ロアの成人式、そして、ロアの結婚式。
そう、カヅイは間に合わなかったのだ。

 ロアは結婚する。顔も名も知らぬ遠方の街の貴族と。

 これでいい、とカヅイは思った。半ば諦めの境地でもあった。

 地方に住む平民の自分は知らないが、貴族と言うからにはその暮らしも豪華なものなのだろう。現にロアの花嫁衣装や指輪など、カヅイにはとても用意できないようなすばらしいものだ。
こんな田舎の小さな村で魔物に怯えながら土を耕し、買い物は何日もかけて街に出かけ、仕事を探してお金を稼いでくる生活よりは、貴族の元で安定した生活を送った方が良いに決まっている。

「ロア、幸せになってね」

 答えは待たなかった。想いを振り切るように、きびすを返した。
最後に見たロアの、何か言いたそうな視線が、忘れられない。

 ああ、帰ったら、指輪を捨てよう。
ちょうど一年前に約束した、渡しそびれたプレゼントを。

 家に帰って、少しだけ泣いた。
ロアは幸せになるのだから、みっともなく大声で泣きわめくことはしない。
騒がしいと感じた外が少しずつ静けさを取り戻して行く。

 ロアを乗せた馬車は、もうここを出ただろうか。
未練がましく想うことを止められない。まだ指輪は捨てられない。
捨てる決心が、泣いてしまったときに鈍ったのだ。

 その日の夜、家の戸を激しく叩く音で目が覚めた。まだ眠っている両親の代わりに対応しようと起きあがる。
夜は影の化け物が出る。人は決して建物から出ようとはしない。
余程の用がなければ、こんな夜中にわざわざ他人の家を訪問しない。何かあったのだろうか。

 カヅイは外の様子をうかがおうと、扉を半分だけ開けようとした。しかしほんの少し開いた隙間にすぐさま腕をねじ込まれ、思ったよりも強い力で扉を全開にさせられた。
驚いたカヅイは顔を上げて訪問者を見た。

「ロアを知らないか……ここに、来てはいないか?」

 訪問者はロアの父親だった。昼間見た顔と別人かと思うほどに青白く、ひどく憔悴しきった顔をしていた。
カヅイは始め、あまりの顔色の悪さにロアの父親が酒に酔って混乱しているのではないかと疑った。

「おじさん、ロアは……嫁いでいったじゃないか、遠い街、どこだったか……遠方の貴族の屋敷に」
「……そのロアが、居なくなったと連絡があった」

 聞いたこともないような、はっきりとした口調だった。酒のにおいもない。
まるで犯人はカヅイだと言わんばかりの強い口調と眼差しだったが、心当たりは全くない。
しかし説明しようにも、ロアの父親の肩越しに揺らめく影を視界に入れてしまい、カヅイは慌ててロアの父親に室内に入るよう促すと、影に侵入される前に扉を勢いよく閉めた。
室内を見渡して、あの影の化け物が入り込んでいないことを確認すると、ロアの父親に視線をやる。

「おじさん、ロアが居なくなったってどういうことだ」

 カヅイの言葉に、ロアの父親は力なくその場にヘたり込んだ。先ほどまでの強い口調とは打って変わってぼそりぼそりと呟く。

「馬車が、日が落ちてから引き返してきて、ロアが……目を離した隙に馬車から飛び降りて、そのまま森に入ってしまったと……私が、提示された結納金目当てに、ロアに無理に結婚を勧めたりしたから……」

 ぽつりぽつりとそこまで言ってロアの父親は顔を覆ってうなだれた。
昼間の式ではあんなに喜んでいたのに、今は見る影もない。

彼も本当はカヅイが犯人ではないと気づいていたに違いない。
金に目がくらんだのは自分のせいなのにこんなことになって、誰かのせいにしなければ居ても立っても居られなかったのだろう。
それほどまでに『夜の間、外にいる』ことがどういうことか、理解していないわけではなかった。カヅイも、ロアの父親も。

 幸せになってと告げたときの、ロアの顔を思い出した。あれは思い詰めた顔だったのかと、ぼんやりと思った。

 日が昇ってすぐに、ロアの父親は一人で森へ入って行ってしまった。
人を集めた方が良いと助言したが、嫁にやった自分の娘が逃走したというのは体裁が悪いらしく、聞き入れてはもらえなかった。

 カヅイも焚き火用の材木を集めるという名目で森に入り、ロアの名前を必死に叫ぶ。
轍の跡を追って森を進むと、途中で引き返した形跡が見て取れた。その周囲を注意深く観察するが、土が硬く、人の足跡は残っていないようだった。

 背の高い草が生い茂るその周辺を重点的に探すことにする。
ロアは鈍くさいし、きっとそんなに遠くへはいけないと思うから。そうして草をかき分けて進んで行くと、馬車が引き返した地点からそう遠くない場所で、純白に金糸をあしらった靴を見つけてしまった。
その場所に印を付けて、カヅイはそれ以上探すのをやめた。
これ以上自力で探すのは、精神が持たないと思ったからだ。

 翌日、ロアの父親はカヅイがつけた印のそばで、もう片方の靴と、ずたずたに裂かれた血塗れの花嫁衣装を見つけた。
元々白い衣装だったというのを疑うほどに赤黒く染まり、胸から背中にかけて突き抜けたような大穴がいくつも開いている。
着ていた者がどうなったか、想像に難くない有様だった。遺体は見つかっていない。

 ロアと貴族の婚姻は解消され、ロアの父親は結納金も返還し、財産の一切を失ったらしい。
らしいというのは、カヅイはその事実を両親から聞かされたからだ。
ロアの父親はもう、この世にいない。

 ちょうどこの日、カヅイは十五歳になり、成人した。
両親はささやかながらカヅイの成人を祝福してくれ、父からは短剣を譲り受けた。

「ありがとう、父さん」

 簡略的な成人の議を終え、腰に剣を携えると、外の騒がしさに気がついた。

「……なにかしら?」

 両親も外のおかしな様子に気がついたらしい。
胸騒ぎがしてカヅイは家を飛び出した。

「ロアが! ロアが帰ってきたわよ!!」

 知り合いのおばさんがそう叫ぶ。
その指が指し示す方向に、喪服の人だかりが出来ている。人の輪の向こうに、白い肌着の幼げな少女がちらりと覗いた。

「ロア!!」

 無我夢中で叫び、駆け寄ろうとしたところを数人の大人たちに止められる。
人だかりの中で、女性が一塊になってロアの姿を隠す。なにも言わないロアの代わりにおばさんが早口に告げた。

「カヅイごめんね、でもこの姿は見せられない。後にしておくれ」

 いっぱい怪我してるから、ごめん、ごめんとまるで自分のことのように悲痛な表情で告げられる。
カヅイは何も言えずに、そのまま立ち尽くした。

 ロアは数名の女性が隠すように、葬儀の執り行われていた家に入って行く。

 今更だが、幼なじみとはいえ裸足で肌着もはだけた女性をじろじろ見るなど、随分失礼なことをしたと思う。しかしその時のカヅイにはロアが生きていたという事実が信じ難く、ただ呆然と眺めてしまったのだ。
その状態のまま数時間が経過して、見るに見かねたおばさんに声をかけられた。

「ロアは今話せる状態じゃないけど、会ってみるかい?」
「そんなに怪我、酷いんですか?」

 おばさんは静かに首を横に振った。
「会えばわかるよ」と、それだけ告げてカヅイを家に促す。葬儀をしていた部屋とは別の、ロアの部屋に通された。

 着替えの終わったロアは、ぼんやりとベッドに腰掛けていた。

「ロア!」

 顔や手など、目に見える場所に傷は確認できない。
しかしカヅイはロアの異変に気がついてしまった。

「……ロア?」

 何度カヅイが呼びかけても、ロアはカヅイを見向きもしない。
ぼうっと正面の壁を見つめ続けていた。
むしろ、壁すら見ていないのかもしれない。瞬きすらせずに、ここではないどこかを見ているかのようだ。

 ロアは別人になってしまった。魂がなくなってしまったのだ。
身内の居なくなったロアの面倒を見ることになったおばさんはそう言う。

 おばさんの話では、ロアの身体には胸から背中にかけて貫通したような大きな傷跡があり、しかしロアが村に戻ってきたときには、不思議なことにその傷自体はすでに塞がっていたのだそうだ。

 何も話さず、何も見ず、聞かず。
ロアはだんだん気味悪がられ、嫌煙されていった。
心ない村人は、ロアはすでに不死者なのではないかと、疑いをかけるようにもなっていた。

 そんな状態であっても、カヅイは一日も欠かさずロアに会いに行った。
何の反応も返さなくても、ロアは確かに生きていた。手を握れば暖かく、食事を出されればきれいに平らげる彼女は、とても血の通わない不死者には見えない。

 それから数日、カヅイはロアの好きだった花を摘んでは、ロアの元へ足しげく通った。
ラッピングすることもせず、すぐに枯れてしまう何の変哲もない野花をロアに差し出したとき、今まで無反応だったロアの手が動いた。真っ白な手が、カヅイの持つ野花へと伸ばされる。しかしその手は花に触れる前に下ろされた。

 あの日見た笑顔は、もう二度と見られないのかもしれない。
それでも、カヅイはロアが好きだった。

 カヅイは思う。
ロアは死の淵から生還するために、ヒトとして大切なものを捨ててきてしまったのではないかと。それでも、そんな風になってもカヅイの元へ戻ってきてくれたのだと。

 運動は苦手で花と読書が好きで、ちょっと鈍くさいロアが好きだった。
でも今はなんだかずっとぼーっとしている。
今までのロアを構成していたものが、ストンとどこかへ抜けてしまったのだろうか。
それは落としてしまって、もうここにはないのか。それともどこかで眠っていて、ふとした拍子に元に戻るのかはわからない。

 でも、カヅイはそんな彼女を見ても、あの日の決意が揺らがないと言う事実を知った。
今の彼女が余りにもほっとけない存在になってしまったからか、外見だけは何一つ変わらないからか、今はまだわからない。
もしも後者だとしたら、自分はロアの見てくれだけを好きになっていたのだろうか。答えの出せない自己嫌悪に陥りながらも、けれど、カヅイが彼女へ取るべき行動の結論はすでに出ていた。

 ポケットの中にずっと入っていた箱が、ようやく日の光を浴びた。

「僕と、結婚してください」

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絵が少し描けます。小説も書きます。
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