「異世界ハロウィン」

カインとナギカとエルーニャ

ハロウィンのお話。

 この世界には、おばけや幽霊といった、成仏できない魂というものは存在しないらしい。

 そう言っていたのがおばけや幽霊を極端に怖がっている「あいつ」なので、嘘のように聞こえるが、魂の管理者であるイソラが言うんだから間違いない。

 なので、おばけや幽霊がいないのに、そういう風習が残っていることに驚いた。
多少というか、やはり違いは多くあるもののハロウィンという名の、俗にいう「ハロウィン」に似たイベントがちゃんとあるという事に。

「お菓子よーし、食料よーしなの」

 夜が明けてすぐの時刻。目の前にどっさり積み上げられた食材の数々。
ナギカにはなかなか馴染みのない色と形状の野菜や果物、元がどういった生物なのか良くわからないし、知らない方が心の平穏につながるであろう、大量の生肉。そして色とりどりの袋に詰められた、キャンディやクッキーといったお菓子類。

「この時期はどこの店も食料が売り切れるから、これだけ用意できてよかったな」
「足りなくなったらとにかくやばいの、イタズラされちゃうの」
「菓子を用意してくれたまりあとフィリアに、後で差し入れしないとだな」

 これからパーティでも始められそうな豪華な食材を前にして、カインとエルーニャは戦に駆り出される戦士のような、真剣なまなざしで食材を睨みつける。

 しかし全身に包帯をぐるぐる巻いたほとんど裸のミイラ少女と、かたや自前の尻尾に合わせた猫耳カチューシャをつけた少年という、シュールというか、ナギカの世界にこういった奴が居たら単なる変質者案件の絵面である。
そういうナギカも、良くわからないままに黒いマントと帽子を被せられた、変質者の身内である。

「じゃあおれ、料理の仕込みするから、エルーニャとナギはあっちで菓子を一人分ずつに分けておいてくれ。いいか、必ず均等に分けるんだぞ?」

 大型の寸胴鍋を次々セットしながらカインが言う。
あの鍋全部で何人前できるだろうか。
これから始まるのはパーティなどではない。ハロウィンという恐ろしいイベントなのだ。

「……いったい何が始まるの?」

 せっせと飴とクッキーを同じ数ずつ、袋に入れていくエルーニャの作業をマネしながら、ナギカは疑問を口にした。

 ナギカの思うハロウィンは「外国のお盆」という位置づけで、仮装をしたり子供たちがお菓子をねだりながら家々を訪ね回る、とても平和的なホラーイベントだったはずだ。
この世界のハロウィンは、もしやホラーな部分が強調されているんだろうか。
地獄の窯の蓋が開いただけでは飽き足らず、逆さまになって回転しながら中身を全部ぶちまけてくるんだろうか。

 それを聞いて、エルーニャはブンブンと首を横に振る。

「ジゴクにいる奴なんかこわくないの、生きてる奴の方がよーっぽどこわいの!」

 そりゃそうだ! とナギカも同意する。
二人で黙々とお菓子を袋に詰めながら、エルーニャはハロウィンについて、ナギカにもわかるように詳しく教えてくれた。

 この世界のハロウィンでも、お盆には地獄の窯の蓋が開く。
しかしそこには亡者ではなく、悪いものが納められているのだそうだ。
その悪いものが何かというと、それは言葉では言い表しがたい。悪魔未満、思念以上のちょっと形を持ちかけた有害なナニカ、らしい。シャドウみたいなものか? と聞いたが、シャドウよりはかなり「バカ」なのだそうだ。良くわからない。
その悪いものは人間を襲うので、人間じゃないものに仮装すれば襲われないんだとか。
しかもこの日に限っては、仮装をした本物の天使や悪魔や妖精なんかが面白がって混ざり込むので、仮装は暴かないのがルールだそうだ。
ちょっと素敵だなと思ったが、問題はここからだとエルーニャが真剣な表情で言う。

 仮装をした子供たちが、食べ物を求めて家を訪ね巡る。
そこだけ聞くと「トリック・オア・トリート!」という元気な掛け声とともに、お菓子をねだる無邪気な子供の姿が思い浮かぶ。
エルーニャは懇切丁寧に、ナギカのその幻想をぶち壊した。

「トリック・オア・トリートって言いながら、お菓子と食べ物を強奪していくストリートチルドレンと乞食の集団なの。食べ物を渡さないと家中をメチャメチャに荒らして、夜の間に家に変な落書きのイタズラしていくの」
「前は向かいの家がやられてたな。窓とドア全部に派手なピンクのペンキ塗られてたっけ」
「何それこわい」

 おばけの驚かしよりも、ストリートチルドレン達が集団でやってきて、家中に落ちないペンキを塗っていく方が最高にこわい。
イタズラというか、それはほぼ犯罪レベルである。

「イタズラで中も外もペンキでベッタリやられて晒し者にされるくらいなら、お菓子で穏便にすませた方がマシだってな」

 火を通し終わった鍋をコンロから外してカインが言う。
鍋敷きの上に、ドスンと音を立てて寸胴鍋が三つ置かれた。中身は全部一緒のようで、細かく刻んだ野菜と肉のスープだ。大皿にはカットしたフルーツがてんこ盛りにされている。
それにしてもすごい量である。そして良い匂いが部屋中に充満している。

 早朝から作業し始めたはずだが、お菓子を袋に詰め終わったころには、かなりの数の「おばけ」に店が取り囲まれているのが分かった。
しっかりと仮装衣装を着こんだ者、ボロ布を頭から被っただけの者、申し訳程度の飾りを付けただけの者、仮装なのか本物なのか見分けがつかない者。
人数の多さも相まって、「おばけ」のラインナップはかなり豊富だ。

 窓からチラチラと「おばけ」達が中の様子をうかがっている。言葉こそ発しないものの、まだかまだか、早くしろと瞳が訴えてくる。
この様子だと、寸胴鍋三つなんてすぐかもしれない。同じことを思ったのか、カインはすぐさま第二弾を作りに行った。
幸いなことに食材にはまだまだ余裕があるので、今回この店が悲惨なイタズラの餌食にされることは無いだろう。

 お玉を持って、一つ目の鍋蓋をナギカが開けた。ふわっと野菜と肉の出汁が香る。思わず腹が鳴りそうになるのをグッとこらえる。お腹がすいているときのあいつの料理は、地獄の窯なんかよりよっぽどたちが悪いに違いない。
鍋ひとつ開けたら、自分も食べていいだろうか?

「開けていいぞ、エルーニャ」

 カインの一言で、エルーニャがドアベルを鳴らして内ドアを開放する。
なだれ込んでくるかと思った「おばけ」たちは、律儀に順番を守って並んでいるらしい。
各々が手に持った自分専用の器をナギカに突き出して、

「「「トリック・オア・トリート!」」」

と、おばけたちは言った。

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