「気になる尻尾」

ナギカとカインとエルーニャ

ナギカが尻尾を見て悶々としているだけの小話。

 だんだんと客が疎らになり、やがては誰もいなくなる。
それぞれが夜を恐れてねぐらへ帰る、店を閉めるにはちょうど良い頃合いだ。
基本的に、ここの主人は後片付けというものをしないので、客が居なくなればする事もなく、ゴロゴロダラダラと適当なところでくつろぎ始める。

「カインちゃん邪魔なのー」

 その小さい身体で、一生懸命店の後片付けをするエルーニャにとって、通路上に横たわる存在は邪魔でしかない。

 無論、それはナギカにとっても同じだ。

「そこにいられると、床が掃除できないよ」
「ふーん……」

 わざとらしく目の前でホウキを振ってやったのに、カインは適当な相槌をうってその場から動こうとはしない。
わざわざ退かしてまで、何としてでもそこを掃除したい訳ではないが、何というか、非常に邪魔なのだ。

―――カインの尻尾が。

 あっちへふわふわ、こっちへふわふわ。
ときどきちょろちょろ、たまにパタパタ。

「もうっ! 邪魔だって言ってるでしょ!?」

 本人の意識があるのかないのか、尻尾は動き続ける。
狙ってやっているのかどうかも不明だが、とにかく邪魔である。何度うっかり踏みそうになったことか。
踏んだら踏んだで、とてつもなく怒るんだろうな、なんて事は目に見えてわかっている。

 しかしこちらは働く身。
食器を片づけたり、棚や机を拭いたり、机や椅子の配置を正したりと、それはもうせわしなく動くというのに。
よりによって一番動かない奴が(この際客が入っている時の仕事っぷりは無視する)通路の真ん中に陣取って、ただボーッとしているだけというのは、少しばかり腹が立つと言うもの。

 あるいはわざとか? ……わざとなのか?
もしや踏まれたくて、そんなところに寝転がっているのではあるまいな。
確かにナギカやエルーニャが何度も往復するその場所に転がっていたら、いつか踏まれてしまってもおかしくはない。

 もはや踏んでしまったとしても、こちらに非はないだろう。
そんなところに寝転がっていた、おまえが悪い。

「ぎゃあ!」
「ああぁ! ごめんなのー!」

 それ見たことか。
ナギカは心の中と外で呟いた。

 尻尾を踏まれたカインは飛び起きたのか、テーブルの上にあがり、自分の尻尾を握りしめてプルプルしている。
エルーニャの方はかわいそうなくらい目に涙をためて謝罪し、二階に駆け上がって行ってしまった。
あーあ、泣かせた。

「そんなところに横になってるのが悪いよ」

 冷たく言ってやると、拗ねたような顔になった。

 それにしても、姿形はほとんど人間なのに、尻尾が生えているなんて不思議なものだ。
この街に来たとき最初は驚いたが、今はそれが当たり前になっている。
だが、やはりその中でもカインの尻尾は気になる。

 ネコ? トラ? チーター? ライオン?

 とりあえず候補として出てくるのはどれも猫科ばかり。しかし方向性は間違っていないと思う。
何よりヤツがネコっぽい。

「おい、今おれのことばかにしたろ」
「……あんたは人の思考が読めるのかい」

 ジト目で睨まれた。変なことを考えるのはよそう。
ここはストレートに聞いてしまった方が早そうだ。

「ねぇ、カインって何の動物の亜人なの?」

 人獣とか獣人とか翼人とか亜人とか。
とにかく沢山呼び名があって、種族の細分化が進むこの世界のヒトたち。
カインの種族はいったい何なのか、この時になってようやく聞く気になった。
聞いたからどうということもない。ただ気になっただけ。

「おれに動物の血は入ってないよ」

 動物って……どっからどこまでだっけ……モンスターも? 人間も?

「んー……じゃあ種族的には何なのさ?」
「えー」

 何て言うんだろうなぁ。ぶつくさ言ってしばらくカインは考え込んでいた。
考えている間も尻尾がぱたぱたと動く。うーん……どう見てもネコっぽい。

「そうだなぁ……」

 これでネコ耳とか生えてたら完璧なんだけどなー……

「天使、かなぁ?」
「へぇー」

 確かにこの見た目でネコ耳まで生えてたら天使のごときかわいらしさだね……って!

 天使だって……!?

 ナギカは改めてカインを、頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと見た。

 ない! それはない!! 寝言は寝て言え!!!
ただの尻尾が生えた金髪の少年だ!
天使と言えば清廉潔白、純真無垢な笑顔と性格と白い翼に光輝く後輪を持つ、性別を超越した、神に仕えし神聖なる存在!

「その雑な性格と見た目で天使だなんて、私は認めないからー!」

 そう叫びながら、ナギカもまた二階へ駆け上がって行ってしまった。

「行っちゃった……」

 ホールに一人取り残されたカイン。

「厳密にはイソラで、天魔だけど……なにか、間違えたかなぁ……?」

 尻尾をひと振り、今日はその場で寝ることに決めた。

 ナギカの幻想が破壊される日は近い。

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