「人間生活」

ザインとソフィア

人間見習い、はじめました。

「さぁ、どれでも好きなのを使って!」

 ソフィアはおもむろに買い物袋から食材を取り出した。
食材と言ってもそれらは、そのままでは食べられないものだ。調理という工程が必要な、生野菜や生肉といったもの。

「何だこれは……」
「何って、ご飯食べないと。お腹すいたわよ」
「昨日食べただろう」

 ザインは何を当たり前のことをと言ったが、ソフィアは目を見開いて突然怒り出した。

「ダメ! 毎日食べるの!!」
「面倒だな……」

 ザインは人間ではないので、ソフィアの言う空腹が理解できない。
しかし「お腹がすいた」だの、「食べなければ死ぬ」だのと、人間の基本をソフィアが逐一教えてくるので空腹については理解してきた。
彼女曰く、人間は一日に三度食事をとらないと死ぬそうだ。つくづく面倒な生き物だなと思う。

 テーブルに並べられた食材を好きなだけ使ってと彼女は言うが、ザインは調理というものを知らない。それは食事も知らないのだから当然と言えば当然だが、ソフィアはどうしてもザインに料理をさせたいようだ。

「私、料理できないもの」

 ソフィアは生まれてから、常に従者がつきっきりで生活の面倒を見ていたため、料理をしたことが無いらしい。その気になれば出来ないことはないはずだが、人間としての彼女はそれは出来ないと、料理をザインに担当させる気だ。
仕方なく料理の方法を考えてみる。考えると言ってもイソラの知識の海に少しアクセスするだけだが、ほんの少し料理というものに触れただけで膨大なデータが流れ込んできた。

「……何だこれは」

 ほんの少し触れるつもりが、料理の基本からアレンジ、おすすめ、残り物の使い方、朝昼夜の違い、調理の工夫、地域での違い、産地特産の活用法から、節約レシピにお金が取れるプロの技まで……ほんのちょっとでこれほどの情報量。
人類が今まで培ってきた料理という知識は人類の歴史と同じだけの期間、しかも各国、各地域、各家庭ごとに味の違いがあるため、基本というものもあいまいで膨大だ。
ザインは混乱した。

 そう、料理とは奥深いものなのだ。

「ねえ、これで何かできそう?」

 とりあえず、目の前に置かれた食材の名前についてはすぐに分かった。あとは加工法を実践してみれば良いのだが、その加工法もかなり多岐にわたる。
ザインは困り果てて、ソフィアの意見を重視しようとした。

「何が食べたいとかはあるのか?」
「うーん、何でも良いよ」

 返ってきたのは一番困る返答である。

 ソフィアを当てにするのはやめて、ザインは目の前の食材を全部使った料理で最適なものを一つ選んだ。
全ての食材を適当な大きさに切って、鍋に水と調味料を入れて火にかけるだけの原始的な料理だ。原始的とはいえ、簡単とは言えない。ソフィアに調理させるのは無理だろう。

 食材を持ってキッチンへ入ろうとしたが、ソフィアも続いてキッチンへ入ろうとするので聞いた。

「なぜついてくる」

 手伝う気もないくせに。

「あなたが料理するとこ、見たいから」
「刃物を使う。危ないから出ていけ」
「私を何だと思ってるの?」

 世間知らずの聖女様だ。率直に言うと絶対に怒られるので、ザインは黙った。

 ソフィアの事はいてもいなくても気にしない様に、調理に取り掛かる。
まずは野菜を洗う。泥はあらかじめ落としてあったようなので、軽くだ。どうせ皮をむくので念入りに洗う必要がない。砂が入らなければそれでいい。皮をむいて、むいた皮を見てはてと思う。

「……皮は食わないのか?」
「私は食べないよ」

 何やら少しもったいない気がして、ザインはむいた皮をそのまま食べた。

「えっ、それおいしいの?」
「素材の味がする」

 どうせ自分の身にはならないし、味もわからないので生ゴミになるよりマシだと思ったのだが、ソフィアはザインの行動が意外だったらしい。

「ディスポーザーみたいだよ」
「ゴミにならなくていいだろう」

 続いて、野菜と肉を一口サイズに切っていく。一口サイズとは一体どの程度の大きさなのかと考えた時、これを食べるのはソフィアなのだからソフィアの口のサイズに合わせて小さめだ。小さく切る方が手数が増えるので面倒ではある。相手が成人男性などなら、もう少し大きめで良いのかもしれない。肉は火を通した時に縮むサイズも見越して大きさを揃えた。

「なんだか手慣れてるね」
「初めてだが?」
「もう何十年も包丁握ってるプロの料理人みたい」

 何十年どころか包丁を触ったのは初めてだ。なるほど、人間は慣れるまでに時間がかかる生き物なのだなと思ったが、人間に合わせてわざわざ下手な包丁さばきをする方がザインには難しい。下手な奴は自分で自分の手を刃物で切るそうなのだが、ザインがそんなことで怪我をしたら、料理から異形が生まれることになるので刃物の扱いは最初に調整した。

 大鍋に切った具材を入れて、塩と香辛料で味をつけ、後は水で煮るだけだ。煮えるまでは時間がかかる。料理とはそういうものだ。

 ソフィアの分の食器を用意していると、またもや不満そうな声がかかった。

「どうして私一人分なの?」
「……二人前食べたいのか?」

 ソフィアの胃の容量に合わせて作ったわけではないので、正直二人前以上あるが、食べるのはソフィアしか居ないだろう。

「そうじゃなくって! あなたの分の食器を用意してよ」
「食事をとる必要がない」
「ダメ!」

 そういえば前日も同じようなやり取りをした気がする。結局ソフィアに押し切られて必要もない食事をとる羽目になったのだが、今回も逃げられなさそうだ。
食器をもうひとセット出すと、ソフィアは嬉々として取り分けた。

「次はお米炊こうね」
「……次もあるのか……」
「朝昼晩、毎日。飽きるから、全部メニュー変えてね」

  なかなか無理難題を押し付けられた気がするが、出来なくはないだろう。

「コレが人間だよ。覚えてね、ラティア」

 全く面倒くさい生き物だ。
しかし悪い気はしていない。勝手に付けられた名前も悪くはない。

「覚えておこう」

 どうせ自分は忘れない。

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