「亡霊」

カインとエルーニャとカルマとギード

カインたちが幽霊退治に行く話。

 ガランッと、取り付けていたドアベルが激しく鳴る。
こんな時間帯に腹が減って、切羽詰まったやつが来ることなんてほとんど無いから、これはいつものアイツだ。

「カインくーん、食材余ってなーいー!?」

 そう言って厨房に立っていたカインを無視して、バタバタと真っ先に食糧庫へ顔を突っ込むのはいつものことだ。

「廃棄とか……!」
「あー、ないない! デカイ図体で倉庫を荒らすな!」

 40センチ近く身長差がある大男を食糧庫の扉からべりっと剥がす。
大男の方は食糧庫に本当に余り物の食材がないと見るや、大人しく剥がされるがままとなった。これで食材が余っていたりすると、引き剥がすのは本当に大変なことになる。

「……何の用だよ、カルマ」

 つい今しがた出来たばかりの焼肉を串に刺して、差し出す。カルマと呼ばれた大男は、それはもう嬉しそうに肉の串を受け取った。結構大きなひと塊だったにもかかわらず、彼は一口でそれをほおばった。

「そうそう、職場で聞いた話なんだけどね」

 カルマの働く酒場では、数々の噂や情報が行き交う。
酒場を交流の場にする者が多いので、仕事の依頼などもよく舞い込むらしく、彼は頻繁にそれらを軽はずみに引き受けてはカインのもとへ持ち込むのだ。
何せカルマは大柄な体躯に見合わず「非戦闘員」を自称しているので、討伐依頼などを引き受けても、自らが手を下すという発想はまるでないらしい。
カインがカルマの頼みは断らないという事を知ったうえで、カインに依頼を押し付けに来るのである。
そして、ついでに何かしらつまんで行く。

「うちのすぐ近くなんだ。廃倉庫に夜な夜な幽霊が出るって。それでなんか、近所の人が不安だから見てきてくれって頼まれたんだけど、ぼくが行った時は何もなくってさ。カインくん、そういうの探すの得意でしょ、一緒に見に行ってくれない?」
「え、えっ……ゆゆゆ、幽霊……?」
「うん、幽霊」

 知る者は限りなく少ないが、このカインという男は虫の他にもう一つ苦手なものがあり、それが幽霊だ。
イソラには幽霊という概念がないせいか、理解できないそれらを恐れるらしい。
話の中に幽霊というワードが出てきた瞬間に及び腰になった彼を無視して、カルマは淡々と話を続ける。

「だから今日の夜、あけておいてね!」

 そう言って大柄な男は来た時と同じ勢いでドアを開け、去っていった。カインがこの頼みを断るかもしれないという選択肢は、はなから頭にないらしい。
もちろんカインは、断ることは、しないのだが。

 開いた反動でガランッと音を立てて閉まる扉を眺めて、しばし立ち尽くした後、はじかれた様にカインは二階へ駆け上がった。

「ぎゃあああぁぁぁぁッ! エルーニャーーー!!」

 あと数時間で日は落ちる頃合いである。

 日が落ちた後、カルマは一人で店まで来た。
夜中歩き回ってもシャドウや異形に襲われない彼は、夜を恐れない。

「あぁ、来た……」
「いい加減離れるの。さっさと覚悟を決めろなのー」

 カルマの姿を見たとたんに絶望的な顔色になったカインを背から引き剥がし、エルーニャがその尻をバシバシたたく。そんな風に励まされたって、少しも気分が乗らない。ずっと尻尾は下向きに垂れたままだ。

「えぇ、そんなに嫌なの? 幽霊を見るだけだよ?」
「お前にそれを頼んできた人は、多分退治してくれって意味で依頼したと思うぞ」

 どこの世界に高い金を払って、幽霊見て帰ってきてくれって依頼するバカがいるんだよ。
基本的に頭が足りてないカルマが安請け合いする依頼は、いつもこんな感じだ。騙されやすいこいつに前払い制を教えたのはカインだが、後先考えずに引き受けていたら、いつかまた違う意味で痛い目見るのではないかと不安になる。

 はぁ、とため息をついて窓の外を見る。
シャドウは活発に動いていないように見える。移動するとしたら、ちょうどいいタイミングだ。

「とにかく、シャドウが落ち着いているうちに行こう。行ってしまおう、その廃倉庫とやらに」
「エルーニャは留守番でいいのー?」
「エルーニャも来てっ!」

 犠牲者は多い方が良いから!

 そうして三人、念のためカルマに火を持たせて廃倉庫まで歩く。
馬も竜も必要ない距離だが、やはり夜にカインが歩くとシャドウが活性化する。それらをエルーニャと二人で適度に散らしながら、カルマに続いて進んでゆく。何も問題はない。

 目的地の廃倉庫は、完全に寂れた場所というよりは、思ったより住宅街に近い。
元は武器庫だったらしいが、一度魔物の襲撃を受けて火災になり、それ以降、倉庫としては機能してはいない。
しかもそれらの事件があったのは何十年も前の話だ。なぜ未だに建物が残っているのかの方が疑問ではある。

 廃倉庫の手前は高いフェンスと有刺鉄線で封鎖されているが、カインはそれらを軽く飛び越えた。エルーニャも小さな翼を動かして後に続く。が、カルマだけがいつまでたってもフェンスを乗り越えてこない。

「おい、早くしろよ」
「あ、こっち側にフェンスの穴があるから、そこから行くよ」

 カインたちと違って身軽ではないカルマは、飛び越えるのは諦めているらしい。彼の言う通り、閉ざされた正規の門のすぐそばのフェンスに大穴が開いている部分がある。あれなら、カルマの体格でも楽に通り抜けられるだろう。

(あれ、そういえばこいつ、前に一回ここに来てるんだっけ……)

 よく見ればフェンスの大穴の傷は真新しく、つい最近切断された様に見えるが、カインは見て見ぬふりをした。

「近くで見ると不気味なの。何か出そうなのー」
「え、エルーニャやめて……」

 廃倉庫のシャッターも当然閉まっているが、シャッター脇に建物に侵入可能な程の大穴があるのをカインは見つけてしまった。
経年劣化で空いた穴というよりは、やはり人的に、無理やりこじ開けた穴に見える。

「ここから入ろうー」

 そう言って迷いなく、カルマが大穴経由で倉庫内に侵入する姿を眺めて、カインは思考を放棄した。

 倉庫内部は錆びくさく、かび臭く、埃っぽい。何十年も使われていない建物独特の、風化の臭いがする。
遺棄されたままの鉄製の棚が無尽蔵に並んでいたり、倒れたりしている上に、炭化した木材、剥がれ落ちた壁材や、降り積もった埃やごみが散乱した倉庫内はかなり見通しが悪い。

「今のところ誰もいないのー」
「じゃ、手分けして探そっか、幽霊」
「えぇっ、別行動する意味ないじゃん!?」
「二階と地下があるし、手分けした方が早いでしょ?」

 ほかに何かいい案ある? 暗にそう言いたげなカルマの視線を感じて、カインはグッと黙った。

「エルーニャは二階を見てくるのー」
「じゃあ、ぼく一階にいるから、カインくん地下お願いね」
「う、うわぁぁ……」

 さっさと立候補者によって配置を決められてしまい、頭を抱える。
地下が……王道では、地下が一番やばい気がする。

 すぐさま二階に上ってしまったエルーニャを見送り、地下へ続く階段を眺める。
地下こそ闇は一層濃い。気は進まないが、いつまでもここにいられない。階段を、一歩降りる。

「まぁ、何かあったらすぐ呼んでよ。物音だけは良く通るみたいだから」
「……それ、こっちのセリフなんですけど……」

 何の気休めにもならない声援を受けて、カインは地下へと続く階段を降りて行った。

 手元に光源がなくとも、夜目が効くので問題はない。
夜行性の野性動物たちが持つ暗視能力とは違って、少しの光源も必要としない完全な闇をも見る目だ。床に散乱した物に足を取られることもなく、倉庫地下の奥を目指して歩を進める。

 こういった場所に現れる幽霊とは、種を明かせば生きている者だったというケースは多い。
家を持たない者たちが雨風をしのぐ場所として、朽ちた家屋に勝手に住み着くなんてよくあることだ。しかし今のところ、火災の被害を受けなかった地下の床に積もった埃の状態から見ても、ここが踏み荒らされた形跡はない。
ネズミなどの小動物の形跡もなく、シャドウなどの異形の痕跡もない。

 ……なのに。

 なのに、カインは地下倉庫の最奥から、人の気配を感じていた。
人というにはあまりに曖昧で薄く、とても実体があるものの気配とは思えない。
冷や汗が出る。ブワッ、と尻尾の先が膨らんだ。目を凝らす。姿は、まだ見えない。

「誰か、居る、のか……?」

 掻き消えそうな小声で気配に呼びかける。反応はない。

「オイッ……!」

 今度は少し声を張って呼びかけてみる。相変わらず返答はない。
しかしカインは違和感を覚えた。自分の声が反響しないのだ。
まるで周囲の闇に吸収されるように、音が響かない。ここは地下の限られた空間のはずなのに、異次元の空間に迷い込んだかのようだ。

「……カルマ? エルーニャ?」

 そして今まで聞こえていたはずの、二人の行動音が一切聞こえてこないことに疑問を感じた。
これほどの静けさの中、カインの聴覚であれば、二人の呼吸音すら判別可能だというのに、今は全くの無音。何も聞こえてこないのだ。
これは、おかしい。

 カツンッ、と最奥から音が聞こえる。何か硬質な物を床につけた音だ。それと、靴擦れの音。
硬質な音が二回響き、靴擦れの音が一回、奥からそれらが交互に聞こえる。硬質な音は……杖、か? 杖を、二本?

 カインは剣に手をかけた。

「……誰だ?」

 カツン、カツン、と杖をつくような音は近づいてきていた。ゆっくりと、だが確実に。
そしてある瞬間、まるで、たった今実体が与えられたかのような唐突さで、急に姿が現れた。カインは相手を視認した。

 黒い服の、若い男。いや、黒い軍服を纏った男だ。灰黒の髪、灰青の瞳。某国を象徴する兵装とエンブレム、特徴的な赤い腕章。
そして、硬質な音の正体もわかる。男は右手に杖をついていた。なぜなら、右足が義足だったから。そして男は唐突に口を開いた。

「貴様は誰だ」
「聞いたのは、おれなんだが……」

 有無を言わせぬ強い口調に、カインは不機嫌になった。名乗る義理はない。
しかしカインのその態度にも、男は気を悪くした様子はない。多少動きはぎこちなく見えるが、安定した足取りでこちらに近づいてくる。

「俺はギード。この拠点の管理を任されている」
「拠点……この倉庫がか?」

 数十年前の武器庫の管理人か、そう考えたがすぐに打ち消す。なぜなら、その時の武器庫の管理には、国も軍人も係わっていなかったはずだからだ。
それになにより男の特徴的な制服。それを見てカインは、この男が数十年前の話ではなく、数千年も昔の話をしていることに気が付いた。

 景色が変わった。これは男の領域の力だ。
掲げたシンボルを背景に、かの独裁者は言う。この国のためにと。
ギードはその力強い思想に賛同した。常に勝者であり続けることを約束した。

 弱肉強食の世界にあって、数々のものが犠牲になる中で、ギードと、かの独裁者と、そしてこの国は確かに強者だった。

 やがて月日が流れて訪れた転機。そのせいでギードは、右足と国と目標を失った。
だからギードは、常に強者であり続けるために。

 老いた肉体を捨てて、独裁者の亡霊を追いかけることにした。

 視界が開ける。先ほどと何一つ変わらない、かび臭い廃倉庫の地下だ。
つまらない回想に付き合わされたことにカインは激怒する。
幽霊のように訳の分からないものは怖いが、人間は怖くはない。

「一体いつの話をしているんだ、亡霊」
「亡霊とは失敬な。俺はいつだってあの方の理想を実現するために行動する。俺に与えられた任務は遂行する」

 ギードはついていた杖の先をカインに向けた。

「任務、すなわち拠点の防衛をな!」

 パァンッ! と炸裂音が響いて杖の先端から弾丸が発射された。カインはそれを片手をかざして弾く。
随分と型の古い仕込み銃だ、こんなものでどうにかできると舐めてもらっては困る。
たとえ飛び道具相手でも、元はただの人間が、カインの速さについてこれる訳はないのだから。
手にした剣で一閃するとギードの杖はあっけなく両断された。しかし彼は慌てる様子もなく懐から旧式の拳銃を取り出す。

「もう時代は変わった。お前の支配者の国はこの世界には存在しないぞ」
「ふん、どこの手の者か知らないが、ここを防衛するのが任務なのでな」
「聞こえていないのか? もうお前の国はないんだ」

 旧式ゆえに威力は大したことがないが、さすが軍人だけあって正確に急所を狙ってくる。それらの弾丸を弾きながら声をかけるが、反応がない。

「くっそ、話が通じない……!」

 言葉が通じないなら解決手段は一つしかない。もともと幽霊退治に来たのだ。
カインはその場から大きく横に飛びのくと、着地地点に照準を合わせたギードに瞬時に近づいて剣を振るい、その首をはねた。手ごたえは……ない。
まるで空気でも斬ったかのような感触ののち、ギードの輪郭がぼやけてかすむ。その顔は、笑っているような気がした。そしてその姿は煙のように完全にかき消える。しかし、カインがこの部屋に来て最初から感じている気配は、未だに消えない。

 カツンッ、と最奥から音が聞こえる。何か硬質な物を床につけた音だ。それと、靴擦れの音。
硬質な音が二回響き、靴擦れの音が一回、奥からそれらが交互に聞こえる。この異様な足音は……。

「うわぁぁぁぁっ!! 幽霊ィ~~~!?!?」

 カインは尻尾を巻いて地下から一階へ逃げ去った。
情けない悲鳴を聞いたのか、エルーニャは直ぐに二階から降りてきたし、カルマは不思議そうな顔をしてカインを迎えた。

「何なの? 出たの?」
「えっ、カインくん幽霊見たの?」

 何もわかっていなさそうな二人の腕をつかんで、出口へ走る。

「もう帰るー!」

 結局のところ、この廃倉庫に出るのは幽霊で間違いがない。ただその幽霊は、良くある死んだ者の怨念であるとか、オカルトめいた存在ではなく、もっと人間的な思想や意識の塊であった。
ただの人間が、シンボルである独裁者の指標を妄信し、その亡霊の面影を追い続けることで、肉体を失った後も意識を保ち続けていただけの話。

 そうそうある話ではないが、死ぬと魂と意識も壊れるはずの人間が高位の精神体に転化しただけの、人外界では「稀によくある」話である。

 思い出が、意思を持つこともあるのだ。

 その後、廃倉庫は「斬っても斬っても復活する幽霊が出るせいで危険」との理由で封鎖され、カルマは依頼をこなしたとして報酬の全額を受け取り、カインの店で盛大に焼肉パーティが開かれた。

 ちなみに、廃倉庫の壁とフェンスの大穴は幽霊があけたとして、器物破損の罪には誰も問われなかった。
今日も世界は平和だ。

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