それはまだ未完成だった世界のお話。
いつかに語り継がれ、やがて忘れられたお話。
―――銃声が響いた。それも、一発や二発ではなく、無数の。
いくつもの銃弾を浴びて、ついに男が膝をつく。
男の虹色の髪は血で汚れ、流れる血が白い衣装を染めて、大地を汚す。すでに死んでいてもおかしくはないほどの怪我だ。
男は片膝をつき、撃たれた左目を手で覆って、しかしそれでも倒れはしなかった。そればかりか、男はいつもの無表情で苦痛の色すら見せない。
残った赤い瞳が、兵士たちをじっと見据えた。
撃った兵士たちが、たじろいだ。
「何をしている! 早く殺せ!!」
赤い髪の、若い男が兵士たちにそう指示を出す。
しかし、兵士たちは倒れない不死の男にすっかり動揺してしまい、武器を捨てて逃げ出す者さえ出始めた。
若い男は舌打ちし、捨てられた兵士の銃を拾い、不死の男に向けて自ら引き金を引いた。
頭に、胸に、腹に、足に。
無数の銃弾を浴びてもなお、男は倒れなかった。
彼の背後には、彼のもっとも大切にしていた少女がいた。
だから、彼は倒れない。倒れるわけにはいかなかった。
「化け物め……」
苦々しくつぶやいた若い男は銃を捨て、腰の剣を抜いた。
男にとって、彼に直接手を下すことは恐ろしいことだが、ここでとどめを刺し損ねて、後にすべてを明るみにされることの方が恐ろしかった。
追い詰められているのは、若い男も同じだった。
その時、
「……やめて」
小さな、少女の声が聞こえた。
この時、不死の男が初めて反応を見せた。
「お願い……もうやめて!」
男の前に、金色の髪の少女が飛び出した。
怪我をした男を守るかのように、両腕を広げて若い男を止めようとした。だが若い男は少女の抵抗をものともせずに押しのけ、剣を振りかざす。
少女は若い男の剣を持つ腕に飛びついた。しかし、若い男の剣は止まらない。
刀身が禍々しい血の色をしたその剣は、少女のもっとも大切な人の首をはねた。
ついに、その体が崩れ、倒れる。
「……あ」
少女もその場にくずおれた。
切り落とされた首は、崖を転がり落ちて、海へと消えた。
若い男は、倒れた男の体が二度と起き上がってこないことを確認すると、その体も海へと投げ捨てた。
「……どうしてなの」
若い男は少女の問いかけを無視した。
そしてふと、思い出したように少女に向き直る。
「……お前も同罪だよ、ソフィア」
若い男はそう言って、容赦なく少女の体を切り捨てた。
斬撃を受けた無抵抗の体はぐらりと倒れ、血を噴き出して、それきり動かなくなった。
いつの間にか、周囲には誰もいなくなっていた。
後に残ったのは、大地に染み付いた大量の血の跡と、大量の返り血を浴びた若い男ただ一人だった。
「はは、あははは……! 見ろよマリア! 神は……死んだ!!」
血濡れの男は狂ったように笑い続けた。
その背後で、大地が不気味な色に染まり、太陽が不自然に傾いているのに気づかぬまま。
―――この日を境にこの世界は、太陽と海と大地を同時に失ったのである。