「ヒュカの物語」

ヒュカとマーカスたち

ヒュカ・ヒバリの、大昔の話。

 ヒュカは特に優れた人類として作られた。
デザイナーチルドレン……要するに改良人間として生を受け、わずか9歳にして機械・プログラム分野に精通し、その能力が認められて星間移動船開発プロジェクトの構成員として抜擢された。

 最初からそうであるようにデザインされたので当然だが、その異例な速さの成長と出世に、普通の人間が驚いたのは無理もない。

 彼女を採用したのは、彼女と同じく作られた人間であるマーカス・レスターとアダム・レスター両名である。
二人は先だって始動していたプロジェクトの改良人間のうち、特に優れた兄弟であり、星間移動船開発のプロジェクトリーダーだった。

 ヒュカはマーカスとアダムと同じように不老処置を受けることについて、特に吟味せずに同意書にサインをした。
9歳にして不老処置を受けるという事は、幼体固定されてしまうというメリットとデメリットがある。
成長しきらない小さな体は、細かい隙間に手が届くし、機器の密集した狭い場所でも快適に作業ができる。余計なエネルギーも必要としないし、重力の影響も受けにくいので、戦闘機のパイロット兼エンジニアにだってなれるはずだ。
ヒュカにとってはデメリットよりもメリットの方が大きく、魅力的に感じたし、何より彼女の不老処置に反対する者は周囲にはいなかった。
ヒュカには家族が無い。遺伝的な親もなく試験管の中で混ぜられ生成され、人工子宮の中で育った彼女には、身内というものが居なかったせいだ。

 しかし初潮を迎える前に不老処置を施したため、性成熟が起こらず子供を作ることは不可能になった。この選択を少しも後悔してはいないが、同じプロジェクトに携わる同僚の女性が結婚して妊娠し、子供を産んで職場に連れてきた時には少しうらやましくも思った。

 だがその後、女性が子供を失い心を病んでプロジェクトを去った時、やはり自分の決断は間違いではなかったと再認識した。そしてすぐ彼女の事は取るに足らない存在として、認識を改めた。
この時すでにヒュカは星間移動船のほぼすべてのシステムに精通しており、同僚が入れ替わったところで何の支障もなかったからだ。

 そして人類の、成人までの生存率は40%を切っていた。環境も悪くなり、平均寿命も短くなりつつある。この星は、もう間もなく死ぬのだ。

 プロジェクトは開始からすでに30年を超えており、メンバーは何度か入れ替わっているが、病と寿命を克服し、不老処置を施した改良人間たちには関係のない事。
星間移動船自体はすでに完成したも同然だが、搭乗するメンバーについては国際的・政治的・金銭的、そして世界情勢的に慎重にならざるを得ない状態だった。
多くの人は、ただ死を待つだけの惑星に取り残される恐怖から逃れるために、必死に限りある星間移動船への搭乗チケットを金と権力と暴力とで奪い合っていた。

 ヒュカはそんな醜い争いを繰り広げる旧人類を横目で眺めつつ、自分で組んだAIやロボットを組み上げて、ほとんど自力で一体のアンドロイドを作り上げた。
食事も睡眠も必要としない体は、ただただ時間を持て余した。
自分へ自動的に振り込まれるほとんど使う当てのない給料も、趣味のロボット作りにすべてつぎ込んだ。どうせこれから必要としなくなる旧世界の通貨だ。
金も労力も惜しまずに作ったそれは、すでに趣味の領域を超え、星間移動船の構成員として即採用されるレベルでの完成作品となった。
生活スペースと物資を必要とする生きた乗務員を採用するより、アンドロイドを乗せた方が格段に低コストだからだ。

 ヒュカは紛れもなく天才であった。それも、無自覚の。

 AIプログラムや動作部品、ヒトに似せた容姿のデザインに至るまで、一からすべてヒュカ一人で作り上げたそれは、最初のアンドロイドという意味でα(アルファ)と名付けられた。

「おはようα、ようこそ世界へ」
「ハローワールド。はじめまして、あなたが私の設計者ですね」
「ええそうα、あなたにはわたしのアシスタントをしてもらいたいの。仕事はできる?」
「すぐにでも」

 AIにはすでに知性があった。
どう見ても子供にしか見えないヒュカの姿を一目見て、αはヒュカを設計者と認識した。すでに世界中の人間の生体情報の登録が終了しており、αは人間を一目見ただけで戸籍上のデータと照合して個人を識別することができる。このシステムはヒュカ一人で作ることが出来なかったため、全世界の個人情報を管理するマーカスが作ったシステムを「拝借」した。

 完成したαをプロジェクトメンバーに紹介する際、ほとんどの人はαの完成度に圧倒され、その見た目に残念がった。後半はヒュカの想定していない反応だった。
必ず同じことを聞かれ、返答するが必ずネガティブな反応を返されるのだ。

「なぜ男性型で?」
「なぜって……かっこいいじゃない」

 ヒュカがそう言った瞬間に周囲の人間たちが浮かべた微妙な顔つきを見て、ヒュカは自分の他人に対する外見の好みが少しずれていることを知った。
それもそのはず。αはアンドロイドであるにもかかわらず、中年男性の容姿をしていたのである。

 男性型のアンドロイドは、合金の骨格とナノマシンプラントを備えた体幹部、そしてナノマシンの流動体で構成されており、その完成度の高さから瞬く間にプロジェクト外の「お偉いさん」に目をつけられることになった。

「やあ、君が天才技術者ヒュカかい? 噂はきいているよ」

 キムと名乗るその恰幅の良い男は、ヒュカのアンドロイドを買い上げたいと申し出た。ただαの見た目は男性型だったため、新たに女性型を作ってほしいと注文を付けた。特に容姿については細かく指定してきた。

「男性型より女性型の方が需要があるし、収益が見込める。今後は女性型で作ってくれ」
「量産することは考えていなかったから、設計図が無いの」

 しかし星間移動船のプロジェクトに進展がない今、ヒュカは時間を持て余していた。

 結局ヒュカはキムの、金も部品も設計設備も用意してくれるという好条件に乗ってしまった。

 αをベースとした女性型はβ(ベータ)と名付けた。量産することを視野に入れた低コストタイプだったが、キムは喜んで資金を提供してくれた。αという完成モデルはすでにいるし、資金面でも物資でも不足はなかったため、開発は順調だった。
特に見た目にはこだわり、ヒュカの意見よりもキムの好みが優先して盛り込まれた。おかげで外見については、実用性を無視したボリュームのあるものになってしまったが、接客やオペレーター業に就かせるならばと、そのこだわりにも納得した。

 幼い姿のまま固定されてしまった自分と並ぶと、βの方が親に見える。しかしヒュカにとってβは我が子のようなものだ。動作テストと称してはいるが、βの動作に支障が無いようにプログラムを微調整するのは、親が我が子を気遣う気持ちと同じだった。

「納得したとは言っても、ソレ、邪魔じゃない?」
「バストの事ですか? 確かに足元が視認できなくて不安定です」

 βは両手で抱えてなお溢れるボリューミーなバストをそう評価した。ヒュカには備わっていないものなので、当の本人がどう感じるのか興味があったが、βは特に自身の外見については気にしてはいないようだ。
大きすぎるバストのせいで重心の位置が多少変わったが、動作にはほぼ影響しないレベルにとどまっている。
視認できなくても、地形や配置ごと覚えてしまえば歩行には支障が無いのだ。

 βは何度か起動テストを兼ねて、キムに貸し出された。
βの開発は順調だった。αの自立起動もうまくいっている。
ヒュカの存在理由である星間移動船のプロジェクトだけが、遅々として進まなかった。そんなある日。

「ねえヒュカ、あなたキム大臣と良いビジネスしてるんでしょ? 私にも紹介してよ」

 星間移動船プロジェクトのメンバーが数人、ヒュカに話しかけてきた。プロジェクトメンバーは入れ替わりが激しいため、個別に顔を覚えてはいないが、あまり良い噂を聞かないグループだ。

「アンドロイドの開発は人に手伝わせる気が無いのよ」
「じゃあいくら儲かるかだけでも教えてよ」
「さぁ、わたしはそういうの興味ないから」

 ヒュカはそっけなく会話を終わらせ、グループの前から立ち去った。キムとのビジネス自体も、金だけが理由で引き受けたわけではなく暇つぶしの一環だ。量産型アンドロイド開発が、一施設でどこまでできるか試してみたかったのもある。

 ヒュカが去った後、そのメンバーは口々にヒュカを罵った。

「お金には興味ないって、私達とは出来が違うってやつ? さすが天才」
「生まれながらに船の席が用意されてるなんて、良いご身分だよな」
「余裕ってやつ? ヒトモドキには欲望が無いのね」

 ヒトモドキはヒュカ達改良人間への差別用語だった。
人より聴覚の優れたヒュカの耳には、隠れて言ったつもりのそれらはすべて届いていた。

「そういうつもりじゃないんだけどな……」

 ヒュカがポツリとつぶやいた言葉は、彼らに届くことはなかった。

 ある日の事。

「βが戻って来ていない?」
「はい。定刻を過ぎてもキム大臣から連絡はありません」

 出社したヒュカに、αがそう報告した。
αにはある程度自立した機能を持たせているとはいえ、不測の事態に対処するのはやはり人間の仕事だ。
ヒュカはキム大臣のプライベートナンバーに直接コールした。10コール目でようやくキム本人が応答した。

『あぁ……申し訳ない、βの事かね?』
「調整があるので3時間で戻すように伝えているはずです。もう5時間経過していますよ」
『……その事なんだが、どうやらβは壊れたようだ』
「……え、何?」

 壊れた、とは?

 ヒュカはキムの言ったことが、すぐには理解できなかった。

『とにかく引き取りに来てくれ』

 キムはそう言って一方的に通話を切った。
引き取りに来いとは、βは自力で動けないほどに損傷したのだろうか。ヒュカはαを伴ってキムの元へ向かった。

 キムの自室、そこで見たものは……服を脱がされベッドに手錠で拘束され、無残に壊されたβの姿だった。

「どういうこと……?」

 ヒュカは混乱していた。

 βは女性型だが、性器は作られていない。
形だけは人を模したため、そして後付けできるように空間だけがあった。床に散らばるアイスピックと血濡れのナイフは、βに作られていない穴を無理やりに開けようとして使ったのだろう。
βの状態は、明らかに性的に使用されたと思われる状態だった。
まだ起動テスト段階だったため、性的使用は想定してはいなかったのだ。当然キムへの貸し出し条件にもそんな「要望」があるとは聞いていない。
……そもそもβは、セクサドールではない。

 ヒュカはキムに詰め寄った。しかしヒュカが口を開く前に、キムは額に脂汗を浮かべて弁明する。

「女性型のアンドロイドだ、当然「使える」ものだと思うだろう」
「何? いったい何の話?」
「君がそんな外見だからいけない! 女性型というのは、セックスに使えなきゃ意味が無いんだ。ところが下には何もついていなかったから、穴を開けて使おうとしたら抵抗するものだから思わず……当たりどころが悪かったのかな? 頭を打ち付けたら動かなくなってしまってね。壊してしまったことは謝るが、これは直るんだろう?」

 キムは早口でそうまくし立てた。
正直、ヒュカはその内容の半分も理解が出来なかった。ただ分かったのは、βはキムに乱暴されたのだという事だけだ。

「……アンドロイドのコアは頭部にあるから、直るかは分からないわ」

 βの頭部は歪にひしゃげていた。人よりも頑丈なはずのアンドロイドの頭は一、二度殴っただけではああはならない。

「そうか、それはすまなかった」

 ヒュカは今までにない怒りを覚えている自分を感じていた。
そしてその怒りは、キムの次の一言で爆発した。

「……では作り直してくれ。今度はちゃんと「使えるように」。もちろん金は出っ、ブヘッ……!?」

 その一言で、ヒュカはとっさにキムの顔面を殴り倒していた。
歯が2~3本、顎の骨が砕けるような音がしたが構わず突き飛ばす。小さな体のどこにそんな力があったのかと思うほどの衝撃だった。
すさまじい音を立てて、キムは壁に叩きつけられた。

 白目をむいて血泡を吐いたキムに、思わず叫ぶ。

「わたしは子供を殺されたのよ! あなたはわたしの子供をレイプして殺したの!」
「コレが子供だと? 君の見た目の方がよっぽど子供だ! ビジネスの話をするなら、もう少し大人を学んできたまえ!」
「あなたとはもうビジネスの話は終わりにするわ!!」

 激高するヒュカを、後方で見守っていたαが諫めた。

「先にβを回収しましょう」

 裸に剥かれたβをシーツで覆い、拘束具を破壊して、αはβを抱えて歩き出した。
その姿を見て冷静さを取り戻したヒュカが後に続く。ヒュカの後ろ姿に投げかけられたのは、キムの罵声だった。

「良いのか! 私にこんなことをして! ただではすまんぞ!!」

 ヒュカは何も言わずにその場を後にした。

 旧人類とはいえ大臣に手を上げたのは事実なのだ。しかもアンドロイドという、人にとっては道具に等しい存在を傷つけられたというだけの理由で。
器物損壊では正当防衛は認められない。
何らかの処罰は下るものと思っていた。最悪、プロジェクトから外されることも考えてはいたのだが……

 その日、ヒュカの目の前に現れたのはマーカス一人だった。
手土産と言って、いくつかの食糧と飲み物が入ったコンビニ袋を押し付けられ、思わず受け取ってしまった。ヒュカもαもマーカスも、飲食を必要としないというのに。

「キム大臣には、星間移動船から降りてもらうことになった」
「え……?」

 てっきり降ろされるならば自分、と思い込んでいたヒュカには寝耳に水だ。

「当然だろう、キミはプロジェクトに欠かせない人材だ。もっと自信を持つと良い」

 さも当然と言わんばかりにマーカスは続けた。
星間移動船の席は限られている。そこから降ろされるという事は、すなわち死にゆく星に取り残されることであり、端的に言えば死ねと言うようなものだ。
大臣であるキムから席を奪うような権力を持つ人間は限られている。

「さらに言うなら、君の為なら大統領の席すら要らないと俺は考えている。乗務員には君の作るアンドロイドがいればいれば良い。下手な技術者や、船では無意味な政治家なんて要らないさ」

 マーカスはヒュカと同じ改良人間だ。キムとは違う、新人類の仲間である。
マーカスの考えはヒュカにはスッとなじんだ。
確かに、国も経済も無い船の上で、政治は必要ない。役割とルールがあれば良い。
空気すら貴重な船の中で、息をして座っているだけの肉は必要が無いのだ。

「プロジェクトは次の段階に移行する。俺たちは君の完成を待っているよ」

 そう言い残して、マーカスは去って行った。
その背を見送るヒュカの背後に、そっとαが寄り添った。

 手の中でカサリと音を立てるビニール袋を覗けば、中身はほとんどが酒だった。なぜマーカスはこれをヒュカに選んだのか、よくわからない。
ヒュカは好奇心からその中の一本を手に取り、一気に中身をあおった。アルコール度数は38度を超えるウイスキーだったが、改良人間のヒュカは酔う事もない。ただただ喉を熱く焼く感覚だけが新鮮だった。

「α……わたしは気づいてしまったのよ。プロジェクトの次の段階が何を意味するのかを」
「私はあなたの考えを否定しません。私は旧人類ではなく、アンドロイドですから」
「そうね」

 ヒュカはαから目線をそらした。視線の先には黒い塊がある。
ヒュカの自室兼工房には今、一つのポッドが置かれている。片手で収まるサイズのそのポッドは、元「βだったもの」だ。損傷がひどく、どうやっても再起動もしなければ中のデータを取り出すことも不可能だった、βの魂。

 思い出すのは昔、我が子を亡くしてプロジェクトを去った女性の事だ。子供の生存率が低いことは分かっていたのに、ひどく憔悴して仕事が出来なくなった彼女。
今でもヒュカは、彼女の気持ちは理解できても共感することはできない。

「……あなたにとっては私も子供ですか」
「ええそうよ。そしてあなたには兄弟がたくさんできるわ、これから」

 マーカスから貰った袋をテーブルに置き、ヒュカはαを連れて自室を出た。マーカスを追いかけるために。
そしてこの場所には二度と戻らなかった。

 βのポッドは置いていく。
βは今後永久に欠番となるだろう。それでいい。
βは殺されたのだ。新しく改良して次のナンバーを作れば良い。

 子供を失った悲しみは確かにある、が、それは永遠に続くわけじゃない。
替えがきくのだから、心を壊す必要はないのだ。

 この日、星間移動船最後のメンバー・ヒュカは完成した。

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