「カズミの物語」

カズミとイソラとソフィアの昔話。

カズミの物語。

 星間移動船を完成させること、それはカズミだけではなく、全人類に課せられた急務だ。
人類はこの星を、捨てなければならない。

 カズミ・タカギは技術者である。
結婚して、男女一人ずつの子供にも恵まれた。上は6歳、下は4歳。今年結婚10年目で、夫婦仲は良好だ。技術者として方々に飛び回るカズミに代わって、家事は夫が引き受ける。
今時珍しくもない夫婦別姓だが、子供たちはタカギの姓を名乗っている。それだけカズミの地位が大きくなってしまったのだ。
だからと言って、職場に子供を連れてこようと考えたことはない。夫は技術者ではないし、子供たちも幼すぎて、危険物と守秘事項の多い職場を見学させることはありえない、とカズミは考える。

「ねぇおじさん! アレはなぁに?」

 おじさんと呼ばれた若い技術者は、冷や汗を流しながらカズミに視線で助けを求めた。若くして技術者という事は、学生の頃から勉強一筋だったという事だ。当然のように子供の扱いに慣れてはいないし、何なら異性にも興味のない人種である。
幼女からの容赦ないおじさん呼びには、大変不服ながらもそこはグッと堪え、既婚者であるカズミへ幼女の相手をバトンタッチしたいという思惑が透けて見える。

「アレが星の船よ、ソフィア」

 幼女が指さす方向には人類の希望、星間移動船の外枠ばかりがすでに立派に完成してるのが見える。システムの……しかも動力部分が未だに完成していないのに、ガワだけ完成を急いだのだ。
死にゆく星に残された時間は無く、人類にはもはや一刻の猶予もない。

 興味がないのかカズミの回答が面白くなかったのか、ソフィアは「ふぅん」と気のない返事をして、カズミたちのいる開発室をパタパタ足音をさせて出て行った。最重要国家機密を見ての反応がそれとは、カズミはため息をつく。

「……まったく」

 ソフィアは自由だ。それは彼女が子供だからという理由ではない。
この星間移動船プロジェクトのメイン出資者である、モーゼの一人娘だからだ。
しかもモーゼの妻マリアはカズミと同じく技術者である。部署が違うのでカズミは一緒に仕事をしたことは無いが、マリアも中々の天才技術者だ。
いわば星間移動船プロジェクトは、この夫婦の主導の元、動いていると言っても過言ではない。そしてこのプロジェクトに全く関係のないソフィアが、職場を荒らそうが研究を妨害しようが作業を邪魔しようが、咎める権利は誰にもないのである。

「さあ! 作業を再開しましょう!」

 突然の乱入者に止まっていた手を動かすため、カズミが声を上げる。それでソフィアの動向を見守っていた技術者たちは、ハッとしたように作業を再開するのだ。
プロジェクトの進行を急げと言いつつ、こんなことが日に何度もあるので、カズミたち技術者の仕事は延々と進まず、終わらない。

 今はもうどの部署でも、最後の未完成部分である動力部の調整をしているはずだ。
動力部分のシステムは出来ている。動力もある。ただ、動力とシステムの連結が上手くいかない。何度やっても。

『お仕事お疲れ様!今日夕飯時に大きな地震があったんだけど、子供たちは無事です。心配しないで。明日は職場と学校が急遽お休みなので、自宅待機します。』

 カズミの携帯端末には、毎日夫からの定時連絡が入る。それに一言何とか添えて、返信する。地震があったなんて、連絡を貰うまで全く気が付かなかった。外界から隔絶された研究室に缶詰めになって、いつの間にか時間が過ぎていく。最後に子供に会ったのはいつだったろうか? 夫の声を聞いたのは?
気持ちばかりが焦っていた。
すでに時刻は深夜を回っている。家族はみんな眠っているだろう。直接連絡を入れるのはためらわれた。吸っていたタバコをもみ消す。もはや灰皿は吸い殻で溢れんばかりだが、捨てに行っている時間すら惜しい。

『―――た、大変です!!』

 その時、全研究室に備え付けてある緊急用スピーカーがノイズを発する。これが使われるのは緊急事態が起きた時か、死者が出た時と決まっている。

『……全部署、A~Z班リーダーは動力開発室へ集合してください。繰り返します……』

 D班リーダーのカズミは動力開発室へ走った。いやな予感がする。
動力開発室へ行くと、既に多くの技術班が集合していた。全員は揃っていないが、異常は一目瞭然だった。
動力開発室には文字通り、開発途中の動力部が置いてあるはずなのだ。

「なっ……動力コアが、無くなっている!?」

 動力コアと呼ばれる球体を納めるための台座が空になっていた。アレが無くては星間移動船は完成しない。カズミが開発に関わったその動力コアには、核でも燃料でもなく、外的宇宙から飛来した物質を使用しているのだ。数年がかりで研究し、やっとコア状に安定させることに成功したそれに、替えは無い。

「どういう事!? 直近の報告書は?」
「20分前に提出された報告書では、異常はありません……」
「0200まで開発室を使用していたY班は、動力コアが定位置にあるのを目撃しています」
「この部屋の入出記録を出して!」

 巨大な技術フロアは星間移動船を中心とした円状に繋がっており、各フロアへの出入りは厳重に管理されている。各部屋には音声も記録できる監視カメラもあって、動力コアを持ち出した犯人は記録と映像の確認ですぐに知れた。

「……ソフィア?」

 動力コアと思しき球体を抱えた少女は、動力開発室を何食わぬ顔で出ていき、技術フロアを我が物顔で突っ切って、そのまま休憩フロアに入っていった。
なぜ誰も気づかないのか……多くの技術者は自分の仕事で手いっぱいだ。自分の仕事とは、多くが目の前のモニターとの格闘であり、その背後をうろつく部外者にまで気が回らない。おそらく誰もソフィアの動向には注意していない。

「……始末書、どうするのよ……」

 ひとまず動力コアが無事なのを確認して、カズミは頭を抱えた。
カメラの映像では、ソフィアが休憩フロアで動力コアをおもちゃにして遊んでいる映像が流れている。動力コアはちょっとやそっとの衝撃で傷が付いたりするものではないが、それは元々熱や核エネルギーを超える新しいエネルギーとして開発したものだ。両手で抱えるボールほどのサイズで星間移動船の全動力を賄うものなので危険物には違いない。

 各班リーダーと短い協議の結果、カズミがソフィアを連れ戻すという事で意見が一致した。
いくらプロジェクトの要夫婦のご息女と言えど、今回の件は不問にするわけにはいかないだろう。これを機に、部外者の完全な締め出しを検討したいくらいだ。そもそも国家機密であり、最重要プロジェクトに部外者が一人でも入り込んでいるというこの状況がカズミには理解が出来ない。同じ子供を持つ者としても、だ。

 深夜を過ぎた休憩フロアは閑散としていた。休憩ついでにそのまま仮眠する者も多いので、テーブルにうつぶせになる者はいても、起きている者はほとんどいない。
フカフカのマットが敷かれたフリースペースで、ソフィアは動力コアと遊んでいた。遠目に見ればおままごとの最中で、人形遊びをしているようにも見えるが、その手で弄んでいるものは動力コアなのだ……笑えない。

「ソフィア」

 思っているより低い声が出た。カズミ自身、連日の激務で疲れ切っていたのだ。うまくいかない動力システムの件で頭を悩ませて、今度はその動力を子供に持ち出されて仕事にならずにいる。頭が痛い。

「あのね、エンジンとかモーターじゃないから配線は一本で良いんだって。線がすごくたくさんあるから、どこに行ったらいいか迷っちゃって困ってるんだって」
「そう……」
「原理としては大気中の魔力を電気エネルギーに変換する感覚に近いから、空間を広くして欲しいんだけど今からじゃ無理かな? ねぇ、聞いてみてって言われてるんだけど、どう?」
「ねぇ、何の話?」
「この子イソラって名前なの? カズミさんに付けて貰ったって言ってるよ?」

 それはとても奇妙な会話だった。はたから見ればソフィアの戯言で済まされるが、動力コア内の物質……外的宇宙から飛来したものにイソラと名付けたのは確かにカズミだ。内心バカバカしいと思いながらも、カズミはソフィアの傍にしゃがみこんで話を聞いていた。

 イソラの話は不可思議だった。完成しない動力の原因の話からカズミの家族の今の様子に至るまで、ありとあらゆる事柄に精通していた。ソフィアの口から代理で語られるそれらを、カズミは半分信じることにした。まずは配線を正しくすること、動力室の空間を広くとることはイソラと約束した。イソラの話では、それでほぼすべてのシステムが正常に起動するらしい。

「みんな船でどこに行くの? お父さんもお母さんも、全然教えてくれないの」
「ここじゃない、ずっと遠い世界に行くのよ」

 星間移動船に乗れるのは、プロジェクトに携わった者とその身内の家族だけだ。全人類が乗り込めるわけではない。

「私たちは、この世界を捨てるの」
「この星はさみしがってるってイソラが言ってる」
「それでも……死にゆく星にはいられないのよ。さあソフィア、コアを渡して。元の場所に戻しておくわ」

 ソフィアは予想よりもあっさりと、カズミに動力コアを渡した。結局カズミは説教をする気にはなれず、ソフィアはそのまま休憩フロアを出て行ってしまった。渡されたコアからは何の声も聞き取れず、結局あの話はソフィアの戯言だったのかを知るすべはない。だがシステムの構築に行き詰まりを感じていたカズミは、イソラと約束した配線と空間の件を試すつもりでいた。

 それから一か月後、事態は動く。星間移動船が完成したのだ。

 星間移動船の完成を大いに祝ったその日。祝賀会で出た酒を飲み、連日の徹夜から解放された疲れか、会場の者たちは全員倒れた。その中にはカズミの姿もある。
ふと疑問に思った。いくら疲れていたからとはいえ、祝いの席にいた者たちの中には科学者ではなく、徹夜組とは無縁の者たちもいた。全員が倒れることなどあるだろうか?

 頭に響いたのは、男性とも女性ともつかない声。

『キミの感覚は間違っていないよ。動力室にある銃を使って』

 やけに重たい瞼を開けると、ベッドと最低限の生活スペースのみの見知らぬ個室だった。自分の足でここへ来た覚えはない、誰かに運ばれたのか。恐る恐る部屋から出ると、そこがどこだか思い出した。星間移動船の居住スペース内だ。
船の内部構造に関してもカズミは携わっている。その居住スペースがどの区画にあるか、付近には何があるかも頭の中の設計図で知っている。その内部だ。

 自分の足音すら響かない無音の空間を歩き続ける。やがて壁に掛けられたモニターに自分の権限でアクセスした。カズミの権限なら、どこの監視カメラの映像でも見ることが出来る。しかしカズミの権限をもってしても、技術フロアのどこにも繋ぐことは出来なかった。アクセスが拒否されているのではなく、接続先が見つからない。
見ることが出来るのは、星間移動船の外部カメラの映像だけ。いやな予感がした。
カズミは唯一見ることが出来る外部カメラの映像を見て、床に崩れ落ちた。

 そこにあるのは、死にゆく星の死体だった。粉々に粉砕され、惑星としての形すら保っていない、粉じんと岩石で出来た星の残滓。すでに塵になった母星をその目で見たカズミの絶望は計り知れない。

 持っていた携帯端末は当然圏外で、それどころか時間の表示が消えていた。当然だ、携帯端末用のタイムゾーンが無くなってしまったのだから。

 ふと、家族の事が気になった。今どこにいるのだろうか。
カズミの家族は星間移動船の招待券を持っている。この広い星間移動船のどこにカズミの家族は乗っているのだろう。

 カズミは何も知らされていない。
何の連絡もなく突然、なぜ、どうやって、いつの間に母星から飛び立ったのか。

 頭の中に響く声に導かれ、カズミはフラフラと動力室へやってきた。この部屋にたどり着くまでに、出会った人間はいない。星間移動船内は不気味なほど静まり返っていた。そしてドアを開けて、息をのんだ。

「……っ!?」

 悲鳴をあげなかったのは、部屋が静かすぎた事と、目の前の光景があまりにも現実離れしていたからだ。
壁一面血しぶきで濡れていた。倒れ伏す数十名の顔見知りの男女。逃げようとして、背後から撃たれて絶命した痕跡。無抵抗のまま致命傷を受けて倒れた跡。明らかに争った跡。積み重なる死体はまだ瑞々しく、まるで現実感が無い。
無音の動力室で唯一、淡く光る動力コアが、船が正常に稼働していることを知らせてくる。この船は動いている。何者かが、動かしている。

 動力室の床に落ちていた銃を拾った。それは数名の技術者に護身用として支給されている殺傷力の低い小口径の拳銃だ。カズミを誘導した声は、この銃で何をしろというのだろうか。自らのこめかみにあてて引き金を引けという事なのかもしれないが、現実逃避でもそんな真似をする気にはなれなかった。
銃を手に持ったまま、カズミは同僚の死体を踏み越えて制御室へ向かった。

 制御室へ向かう途中、カズミはやっと他人の立てる音を聞いた。それは制御室の中から響いた一発の銃撃の音。扉を開けると、またしても惨劇がカズミを迎えた。
銃を構える男と、地面に倒れているのは……

「……ソフィア?」

 カズミの声に反応して、銃を構えた男が振り向く。
愛しいはずの一人娘を撃ち殺したのは、その父親であるはずのモーゼだ。

「まただ……なぜ、どうしてソフィアなんだ……!」

 やつれて隈の浮き出たモーゼの頬には涙のあとがあるが、カズミは彼の行動を全く理解することが出来ない。彼は狂ってしまったのか?
モーゼは星間移動船の完成直前に、妻であるマリアを亡くしている。残されたたった一人の愛娘すら、今ここで手にかけてしまった。

「あなた、一体何を……」

 仰向けに倒れたソフィアの眉間には銃弾のあと。目を見開いてピクリとも動かず、流れる血の多さから言っても、既に絶命しているのが分かる。
カズミにはモーゼが分からなかった。なぜこんなことをするのか。モーゼはソフィアの死体にはもう目もくれず、船の制御盤のパネルをデタラメ見える動きで操作した。

「……俺が愛したのはソフィアじゃない、マリアなんだっ!!」

 叫びながら、モーゼはモニターに映った砕けた母星を睨みつけた。

「マリアが生きる事すら許さない世界なんて、なくなってしまえばいい!!」

 絶叫と共に押されたボタン。制御盤に表示されたのは波動砲の文字。既に照準が定められており、目標は既に壊れた母星だ。
星間移動船には、他の星を侵略するための兵器も積んである。動力コアから無尽蔵に発せられるエネルギーを収束した波動砲という兵装もその一つ。カズミがモニターで見た時には既に壊れていた母星は、この攻撃で割られたらしい。
思わずカズミはモーゼに掴みかかった。

「これ以上何をするつもり!? 他の乗組員はどうしたのよ!!」
「こんな世界、こんな人間(ゴミクズ)共、俺は要らない!!」

 そう言ってカズミの制止を振り切りモーゼは発射スイッチを押した。途端に制御室は光に包まれる。
音もなく、反動もなく、衝撃もない。ただモニターから溢れる光の洪水が目を焼いた。しばらくしてカズミが目を開けると、モニターで確認できたかろうじて残っていた星の欠片も消滅していた。
呆然とするカズミの隣で、狂ったように笑い続けるモーゼがいた。彼は……狂ってしまったのだ。その時にカズミが感じた感情は、怒りでも悲しみでも恐怖でもなかった……無だ。虚無の感情がカズミを支配する。

「マリアのいない世界に価値なんてない……お前も、お前の家族も、この世界と一緒に、塵に……」

―――パンッ!

 気が付いたら引き金を引いていた。
ソフィアと同じ姿勢で倒れたモーゼは、もう一言も発しない。

 結局なぜこんなことをしたのか、他の技術者たちがどうなったのか、星間移動船に乗る予定だった人たちはどうしたのかを聞く術はなくなってしまった。しかし制御室のパネルにはこの船の乗員が現在たった一名しかなく、砕けて消えた母星に残っている生存者がゼロであると示されていることは理解が出来た。
家族も母星も失い、この広い星間移動船に、たった一人で残されてしまった。

 うつむき、血だまりが広がる床に座り込んでいると、視界にとても小さな足があることに気づいた。裸足だ、ソフィアのものではない。

「……それがあなたの本来の姿なのね」
『違うよ。これはカズミが望む姿』

 男か女か不明瞭な声は、変声期前の子供の声に近いものになっていた。上は6歳、下は4歳の子供たちの声に似ている。涙でにじんだ視界には、裸足の子供の足だけが見えていた。顔を見るのが怖くて、目線をあげられない。

『とても悲しいけれど、キミの役割はまだ終わっていない。船を出して。ここじゃない世界で、もう一度やり直すんだ』
「ここじゃない、世界……」

 まるで他にも世界が複数あるかのような言い方だ。
カズミは技術者だ、パラレルワールドなんて信じていない。

 カズミは子供の姿を視界に入れない様に、制御盤を支えにしてゆっくり立ち上がった。
モニターに映っているのは跡形もなくなった母星の姿、カズミの世界の終わりだ。技術者であるカズミには、現実逃避は許されていない。

「……少し、待って。目に焼き付けていくわ……」

 目に焼き付けようにも、そこには何もなくなってしまったけれど。
いつの間にか、子供の気配は消えていた。

 ひと通り泣いてから、制御盤でこれから向かう先を入力する。座標は広い宇宙の向こうにある超大質量ブラックホールに合わせる。
あの子供のいう事を聞いていなかったわけではない。でもカズミはこの船と共に心中する気だった。元より星間移動は目的地があったわけではない。最初から宛てのない旅なのだ。

 船が超大質量ブラックホールの降着円盤に捕まって、光すら抜け出せないその中に飲み込まれる間、カズミはずっと「地球」に置き去りにしてしまった家族の事を思い出していた。

「ごめんなさい……」

 人間だったカズミは、きっとここで死んだのだと思う。

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