「アキの物語」

ハルナツアキフユ悪魔4兄弟とカイン

淫魔アキの物語。

 生まれた瞬間から知性を持ち、二足で立ち上がって人語を話す。人間には理解しがたいかもしれないが、幼少期というものを持たない天使や悪魔は、これが普通だ。姿も普通に成人の形をとる。大きくも小さくもなれるが、それは役割によって魔力で好きに変えられる。

 アキはたった今、生まれたばかりだが、自分の名前と役割については自覚していた。名前は親から貰うものではないので、母親の胎内にいる間に兄弟たちで勝手に付けあった。
悪魔にとって名前はとても重要な意味を持つが、アキたち兄弟はそこまで高位の魔族でもないし、世界を変えるほど重要な役割も持たなかったので、本当の意味で適当に付けた。

 上級夢魔を父親に持つ黒い馬、ナイトメアのハル。父親がイフリートで、燃え盛る炎の髪のナツ。低級淫魔の息子、ナイトキャットのアキ。氷兎族の雪男、上から下まで真っ白なフユ。
見た目も種族も魔力量も、悪魔としての格ですら、兄弟だというのにバラバラなのには訳がある。皆、母親は同じだ。同じ腹の種違いという奴である。

 兄弟は他にも無数にいるが、アキが兄弟と呼んで低級上級の格差なく接するのは、このグループだけだ。母親は何せ一度の出産で666人も子供を産む巨竜ティアマトであるため、顔を知らない兄弟も大勢いる。
母は偉大なる魔界の女王だが大変な男好きであるので、夜ごとポンポンとポップコーンのように子供を作ってしまう。今や魔界のある地底世界の魔物の内、半数以上はティアマトの子供たちなのではないだろうか。冗談抜きで、ティアマトの血を受け継ぐ魔物は地底世界だけにとどまらず、地上世界にもあふれている。生まれた瞬間にこの4人で集まろうと思ったのは、ティアマトの腹の中で既に約束してあったことだ。

「ワリィが、俺はとっとと地上へ出るぜ。俺にゃ魔界は寒すぎらァ」

 そう言ってイフリートのナツはさっさと姿を消した。確かに魔界はコキュートスという氷の世界が傍にあるので、炎属性の彼には寒いのだろう。

「……それで、お前たちはどうする?」

 フユは残されたハルとアキを前にしてそう言った。しかし実質、その言葉はアキに対してのみ向けられていた。
上級の夢魔と上位魔族の雪男、そして低級淫魔。この中で一番生きていく力が無いのがアキだ。そもそも淫魔は一人では生きていけない。人間社会に寄生し、夢の中、あるいは現実で、性の欲望をすすりながら生きていく。淫魔とはそういうものだ。
具体的にどうするか、これからの事は考えていない。低級淫魔らしく、悪魔としての本能に従って生きて行こうとは思っている。要するに、地上に出た後の事はノープランだ。

「どーすっかなー。考えてねーわ」
「魔界の魔族に寄生するという方法もあるな」

 生まれた瞬間仕事と役割が決められている天使と違い、悪魔は完全に自由行動かつ実力主義なので、ある程度の強さを身に着けるまでは、魔力の高い魔族にくっついて行動するのも手段の一つだ。
悪魔なので、契約かギブアンドテイクの関係でないと協力してはもらえないだろうが、死にやすい低級魔族が生き残るにはこういう手もある。
低級とは言え、ティアマトの息子だ。100人に話せば、一人くらい飼ってくれる物好きで暇な魔族もいるだろう。

「んー、でもオレ、人間を喰いたいんだよなぁ」

 それはナイトキャットとしての純粋な本能だ。
猫の姿というのは人間に近付きやすく、愛されるには都合の良い姿だし、何より魔族は夢を見ない。夢の中で好き放題する淫魔のアキにとっては、夢を見ない種族ほどつまらないものはない。

「ならばアスターという都市に行け。あの国には聖獣がいない」

 守護聖獣がいる国は加護が強すぎて、低級魔族はなかなか入り込むことができない。聖獣がいない国は、治安もそこそこ悪くて悪魔にとっては魅力的だ。

 「アスターね、行ってみるかな」

 誰に教えられたわけでもなく、アステリアという国の首都、アスターの場所は知っている。
フユは暫く魔界に滞在するつもりなのか、動く気配はない。雪男はそもそも地上の氷山のような、一年中雪と氷で覆われた場所でしか生活できないので、溶けることのない氷に覆われたコキュートスにいた方が居心地は良いのかもしれない。

「ハルはどうすんの?」
「俺もしばらくは魔界に留まる」

 同じ夢魔族なので、てっきりハルも地上に出るのかと思ったのだが、フユと共に魔界にしばらく留まるらしい。
人間のいない魔界で、夢魔が一体どうやって生活していくのかと聞けば、あきれたような仄暗い瞳を向けられた。

「俺は何処にいても夢の世界を渡れる。魔界からでも、人間の夢は貪れる」

 ハルはそう答えた。
自身は何処にいても問題が無いとは、流石は上級魔族だ。低級淫魔にはそれほどの力は無いのでうらやましい限りだ。単純に感心して「へぇ」と気の抜けた声が漏れる。
ナイトメアは淫魔と違って、人間にエロい夢を提供して精をいただくのではなく、ひたすら悪夢を見せて人間の生命エネルギーを削り取ってしまう。悪魔なのだから、人間を殺せる能力を持っているというのはポイントが高い。悪夢の化身として黒い牝馬の姿をしているくせに、人型を取るときは長身痩躯のイケメン風なのもまた腹立たしい。

 しかし言うほどハルに対して、嫉妬や怒りの感情を持っているわけではない。
なぜならアキは人間ではなく、悪魔だからだ。自身の境遇を他者と比べて嘆くような、高尚な精神は持ち合わせていない。

 それじゃあ行くか、とアキが準備し始めたところでフユは転移魔法を展開した。魔界と地上を物理的に繋げる高位魔法だ。
アキは転移魔法が使えないので、おそらく片道一方通行になるとは思うが、直接歩いて行く手間が大幅に省けるので、純粋にありがたい。

「じゃあな!」

 そう言ってゲートをくぐる。
ハルとフユの返事は無かったが、今生の別れでもそうでなくても、あっさりとしているところは魔族らしさの一つだ。

 ゲートをくぐってすぐにアキは黒猫に姿を変えた。人の姿は人間社会で記憶に残りやすく、変に目立つのを防ぐためだ。
日の出ているうちは魔族の活動が抑制されるので、日陰で休んでいても猫の姿ならば何もおかしくはない。

 アキは猫の姿で建物の隙間に入り、息をひそめた。フユの転移魔法は精確で、転送された場所は拠点にしようとしていたアステリア国首都のアスター中心部だった。
転送された場所に文句は無いが、アスター中心部は人の賑わいが多くアキには少し騒がしすぎた。人間にとりつく淫魔と言っても、人間の活気あるエネルギーは苦手な分野だ。自分が高位の悪魔ならばどんな人間もえり好みせずいただけるが、低級なうちは低俗な人間を相手するに限る。

 人の多すぎる場所を避けようと、アキは居心地の良さそうな場所を求めて日陰を伝って少し街の中心部から逸れてみる。やはり首都とはいえ、中央から遠ざかる程に人間の密度は薄くなっていった。

 中でもアスター郊外と呼ばれる、城下の賑わいから少し外れた場所が程よく人が多く、程よく落ち着いた雰囲気で気に入った。
路地裏の薄汚れた地面に体を丸め、ここで夜を待つことにする。

 ふと、視線を感じて見上げると、屋根の上から一匹の白猫がこちらを覗いていた。

(なんだ、先客か……?)

 猫の世界はテリトリーの取り合いなので、先客がいてもおかしくはない。アキは純粋な猫ではないので、先客がいるなら場所を譲ろうかとも思ったのだが、白猫はひとしきりアキを眺めた後、興味がなさそうに視線をそらしてどこかへ消えてしまった。
動物や魔物の世界に譲歩や温情は存在しないので、この場合アキは『見逃された』と考えるのが正しい。アキは冷や汗のようなものを感じながら、そのまま夜を待った。

 ふつり、と音を立てるように唐突に日が落ちて、この世界の夜が始まる。偽物の太陽とはいえ、命を代償に打ち出す究極魔法だ。薄っすらとあった結界のようなものも日が落ちると同時に無くなり、魔物の活動しやすい空気になる。それと同時に暗がりからシャドウが溢れ、人間たちは次の日が出るまでの間、家の中に立てこもるのだ。

 シャドウがアキのような魔族を積極的に襲う事は無いが、それでもアキにとってもシャドウはうっとうしいモノの一つだ。まだ日が落ちたばかりで、人間たちは家の中にこもりはしても、眠る者はいない。アキは暗がりの中、シャドウたちにまとわりつかれながらも、ジッと夜が深まるのを待ち続けた。

 シャドウは単体でいる時はそれほどうるさくも無いが、集団になると途端に活動が活発になり、厄介なものを呼び寄せる性質を持つ。アキは生まれて初めてシャドウを見たが、何か良くないことが始まるのではないかと心配になった。この街の人間がどうなろうとも構わないが、自分が厄介ごとに巻き込まれるのはごめんなのだ。

 流石に溜まり過ぎたシャドウがうるさくなってきた。アキは場所を変えようとノロノロと路地裏を出る。当然のように通りに人影はない、と思っていたが、逃げ遅れがいるようだった。

「助けてくれ!」

 若い男はシャドウにまとわりつかれ、振り払いながら人のいない大通りを走り抜ける。
シャドウは建物の中には出ない。だからどこか近くの家に駆け込めば良いものを、男は右へ左へ大きく足をもつれさせながらも、あくまで通りを走り抜けようとしている。

(誰か、家に入れてやれば良いのになぁ)

 アキはそんなことをぼんやりと思ったが、男が騒ぐ通りに面した家の人たちは、覗き窓から怯えた目で男を見つめるばかりで、そのドアを開いて家に招き入れるような真似をする奴は一人もいなかった。なぜだろうか?
月明かりに照らされた男の姿を見て、アキはその理由を知った。
大量のシャドウにまとわりつかれていて気付かなかったが、男の右半身はすでに無かった。代わりに生えているのは、黒い……

(……っ! まずいっ!!)

 アキが気付いて逃げる態勢に入る前に、男は黒猫の姿をしたアキに気づいて猛スピードで突進してきた。その突進はすでに人の速さではない。あっという間に距離を詰められる。

「わー! こっちくんな!!」
「うあぁっ……! 助けて、くれっ……!!」
「ひぇー!!!」

 男は全力で疾走する黒猫を捕まえんとする勢いで、低い姿勢のまま突進してくる。どう見ても黒猫にしか見えないアキが、人語を話している事すら既に問題にはなっていないらしい。

 男の目的は分からないが、アレにつかまったら終わりだとアキは直感した。
走りながら背中に意識を集中させ、黒い翼を出現させると全力で羽ばたいて飛び上がった。
ふわりと風を掴む感覚があったが、その直後に頭上から強烈な打撃を受けて地面に転がる。

「な、なんだぁ!?」

 体勢を立て直しながら背後を振り返ると、男の右半身から伸びた黒い触手がアキを空中から叩き落したようだった。

「あァ、あー、タスケテ、くれぇ……!」

 そう言いながらも、男から無数に伸びる触手はアキを串刺しにする勢いで地面に突き刺さる。助けてほしいんじゃなかったのかと内心ツッコミを入れながら、戦闘能力のないアキは避けるので精いっぱいだ。男はすぐ近くにいる。全力で逃げても、スピードでは追いつかれる。

 男の手が伸ばされた。
普通の野良猫にするように、首根っこを掴まれて、男の右手が無数のトゲ状に伸びてくるのが見えた。

(つ、詰んだー!)

 まさか、生まれた初日に死ぬことになろうとは。
人間のように、やり直しのきかない生に対しての執着が無いので、死ぬ瞬間も悲壮感はない。ないが、痛いものは痛いのだ。
頭も腹も、貫かれていない部位は無いのではないかと言うほど串刺しにされて、小動物に見合った量の血をぶちまけながら地面に投げ飛ばされて、広がる血の海と共にジワジワと生命力が失われていく様を身をもって体験する。

(ハル、ナツ、フユ……オレ、やっぱり駄目だったよ……!)

 遺言じみた思念を飛ばしながら、ゆっくりと狭まっていく視界のように意識を飛ばした……はずだった。

「おう、コラ、クソ猫」

 ガツンッ、と身体に衝撃が走る。それと同時に体中が火を噴いたように熱くなる。
無数のトゲに突き刺されて体中穴ぼこだらけなのに、誰かがこの身を思いっきり蹴ったらしい。

「そういうの、死体蹴りって言うんだぞ」

 口がきけていたら文句を言っているところだ。
ん? 今しゃべったのオレだな……!
てっきり意識を失ったと思ったが、アキは両眼を開けて状況を確認することが出来た。血だまりの中に倒れてはいるが、体のどこにも傷はない。

「何でだぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げて、アキは立ち上がった。
血で濡れた毛皮がうっとおしくて、人の姿を取ると、先ほど無慈悲に蹴りつけてきた張本人が目の前にいる。跳ねた金の髪に赤い目。どこかで見たような白い尻尾を持った少年だ。

「従者のくせに先に倒れるとは、いい度胸してる」
「オレは戦えないの! 低級淫魔なの! ってか、お前誰だよ!!」
「? まあいいか……」

 誰だと聞いても少年は答えない。デカい態度の割にアキの胸程の身長しかない少年は、持っていた剣をスラリと鞘から抜いて構えた。

 アキを串刺しにして殺した(ような気がする)男は、突然現れた少年に一瞬怯んだようなしぐさを見せた後、アキを捕まえようとした時のように低い姿勢で突進してきた。少年は特に逃げる姿勢も見せず、男の方を向いたまま軽いステップで突進をかわしていく。

「うぉあぁ……たす、ケテー!」

 奇妙な声を発しながら突進を繰り返すだけの男は、ひらりひらりと避ける少年への攻撃を諦めたのか、突然ターゲットをアキに変更する。当然アキは男の攻撃は避けられない。反撃も出来なければ防御も出来ない。また串刺しになる未来が見えるだけだ。

「助けてくれチビ助ー!」

 もはや、すがるものが名前も知らないこの少年しかないアキは、助けを求めるシャドウまみれの男よりも無様な鳴き声を上げながら助けを乞うた。

 男が奇声を上げながらトゲ状に伸ばした触手を振りかざし、真っすぐアキに突進してくる。アキはせめて衝撃に備えようと腕でガードしようとしたが、全て無駄だった。
男は、アキの目の前でまっぷたつになった。

 まるで切れ込みが入ったフルーツのように、左半身とシャドウを纏った黒い右半身はアキの目の前でパカッと割れて地面に落ちた。ベシャッと重い音を立てて崩れた左右の半身が、陸に打ち上げられた魚のようにビチビチと跳ねている。
あの状態でもまだ生きているのかと、ぼんやり腰を抜かしながら眺めていると、金髪のチビが剣についた血をはらう姿を目にする。多分、コイツがやったんだろう。猛烈な勢いでこちらに向かって突進する男を、アキの前で両断したのだ。

 少年は剣を鞘に納めることなく、腰を抜かしたアキの前まで歩いてきた。なんだかついでのように首を狙われている気がして、アキは身震いしたが、少年はそのままアキから視線をそらし、真っ二つに割れた男に剣を向けた。
そして、シャドウを纏う倒れた右半身に徹底的に剣を突き立てた。

---グサッ、ザクッ、グサッ、ザクッ、ザクザクザクザクザクッ!

「ぐ、グロッ!!!」

 殺人鬼でもここまではやらないに違いない。目の前で行われる猟奇的行為に、生粋の悪魔であるアキも真っ青になる。
ビクビク動いていた右半身は、何度か刃を突き立てるとようやく動かなくなった。同時に左側の動きも止まる。そうしてようやく金髪の少年は剣を鞘に納めた。そして言う。

「危なかった、もう少しお前が血を吸われていたら異形になっていたな」
「え……?」

 異形。それはこの世界で最も忌むべきものの一つだ。人外を積極的に襲ってこないシャドウや魔物とは違い、異形はありとあらゆるものへ攻撃性を持つ。そして人や周囲の環境を巻き込んですさまじい勢いで侵食し、肥大する。更には核を破壊しない限り瞬時に再生する能力も持つ、悪魔を超えたとんでもないバケモノだ。
この男はシャドウに触れすぎて、異形化しかけていたらしい。核形成前だったので難なく倒せたが、本来の異形はもっと厄介なものだ。

 少年は持っていた小型端末でどこかへ連絡を入れた。
異形ではないので、この男の死体は灰になって消えたりしない。死体の処理や後始末については専門の機関があるらしいので、そこに丸投げしようという魂胆だそうだ。

 兎にも角にも、危ない所を助けてもらった礼を言おうと少年に向き直ると、少年の手には一枚の契約書が握られていた。契約書を見たのは生まれて初めてだが、悪魔にとっては見慣れた商売道具だ。

「ナツが、よろしくってさ」
「……は?」

 言われた意味が分からず、少年から契約書を受け取ろうと手を伸ばす。しかし紙に触れる前にスッと契約書を遠ざけられた。それを追ってさらに手を伸ばすと、指先にちくりとした痛みを感じる。驚いて引っ込めようとした手を少年が掴んで、契約書に指先を押し付けられた。

 契約書にはすでに契約内容が記載されており、後は契約者が血判をおすだけの状態になっていた。この契約方式には見覚えがある、悪魔が良くやる手口の一つだ。少年の手には小刀が握られており、それで指先を切られたのだ。
流れるような一連の動作。これは相当やり慣れているに違いない。

 低級淫魔ごときが、既に結ばれた契約を取り消すようなことはできない。
アキは諦めの境地で契約書の詳細を読んだ。しかしそこには、悪魔と交わす契約には必須の長ったらしい文言は一切書かれてはいなかった。ただ一言。

『ナイトキャット・アキはイソラの眷属として従属する。』

 本来、この書き方だと従属の内容も期間も記載が無いので、色々と抜け道があるのでアキはやりたい放題な契約書なのだが、金髪の少年はこれで良いのだと言う。しかも眷属という扱いは主従だが、今のところ何の力もない淫魔のアキにとってはタダ飯を約束されたようなものだ。そんなうまい話あるだろうか?

「ナツに言われたのか?」
「あと、黒い馬と白ウサギも来たぞ」
「おおぅ……全員じゃん……」
「おれの従者である限り、お前は不死身だ。そしておれは淫魔の生態にも活動にも一切興味がない。後は好きにしろ」

 確かに自分でも、あの兄弟の中では真っ先に死ぬだろうと思っていたが、イソラの加護を得られるならば地上でも安心して経験値を稼ぐことが出来る。

「……イソラ?」

 今まで意識していなかったが、目の前の少年の赤い瞳はイソラの証だ。

 イソラ……異なる空を持つ世界からやってきた侵略者たちの総称。イソラにはそれぞれ役割があるらしいが、その役割について詳しい事はよく知らない。
少年がイソラだという事は意識するまで全く気付かなかったが、これもイソラの特徴なのだと少年は言う。イソラはあえて見ようとしなければ見えない存在なのだ。

 そんな存在が低級淫魔を眷属にしてくれるなんて、めちゃくちゃ幸運なんではないだろうか。うまくいけば寄生しているだけで魔力という名の経験値を得て、低級淫魔から死ににくい中級淫魔くらいにはなれるかもしれないのだ。アキは心の中で兄弟たちに感謝した。やはり持つべきものは強くて余裕のある同族だ。

「おいチビ助、名前教えろよ」
「あいにく、低級とはいえ悪魔に名乗るほど馬鹿じゃない」
「そーゆーんじゃねーって! あ、オレの事はアキちゃんって呼んでくれていいぞ! ちなみにオレ淫魔ね。夢だろうが現実だろうがセックスは得意分野だから、オレの事、使ってくれても良いぜ!!」
「……求めてない……」

 少年は心底嫌そうな顔をしてアキを見た。
そうこうしている内に目の前に武装した団体が現れた。その武装集団の中で一人黒髪の青年魔術師がいたが、少年は彼に「あとはよろしく」と言ってそそくさと現場を立ち去ろうとした。アキも少年について行く。
背後で「うわっ、酷いな」という悲鳴が上がる。現場の惨状を見た魔術師が少年を呼び止めた。

「カイン! 後日詳しく事情を話せ」

 少年は振り返らずヒラヒラと手を振って応えた。青年魔術師はわざと聞こえるような大きなため息をついていたが、それで納得したらしい。
図らずもアキは少年の名前がカインであると知った。

「なるほど……カインね?」
「言っとくけど、偽名だからな」

 アキのような激弱淫魔が真名を知ったところで何もできないし、どうこうしようとも思ってはいないのだが。
自ら名乗ってはくれないようなので、そのままカインと呼ぶことにした。

「で、どこ向かってんの?」
「どこって……家に帰るよ」
「おぉ、もしやオレ、誘われてる??」
「……違うから」

 そろそろ夜も更けてきた。この騒動を知らない人間たちの多くは眠りについている。夢を貪るのにはちょうどいい頃合いだろう。
アキは何食わぬ顔でカインの家まで上がり込み、ちゃっかり自分用の寝床も確保した。そこで眠るように体を横たえて、人間の夢の中を歩き回る。
残念ながら家主のカインは夢を見ないタイプの種族だったが、安全な拠点も手に入れて、人間社会の中に紛れ込むことにも成功して文句はない。
ここから始まるアキの物語は、これから快適な淫魔ライフがスタートするのだ。

 その後、アキの周りで集団淫夢が事件になったり、アスターの宮廷魔術師に一瞬消されかけたり、主人と一線超えそうになったりと、ありとあらゆるトラブルが起きるが、それはまた別の話。

 今日もトラブルメーカーアキは元気に淫夢を振りまいている。

タイトルとURLをコピーしました