「たまにはこんな日も良いかもね」

カインとカルマ

現代パロですらない、平和な夏休みを満喫する二人。
平成時代パラレルワールド。

「夏まつり?」
「うん」

 街に出れば大きな夏祭りが一ヶ月以上の期間で開催されているが、カルマに誘われたのは、意外にも町内の小さな方の夏祭り。たった一日しかやらない小規模な祭りでは、屋台が出るだけで花火も上がらない。屋台と盆踊りと抽選会を楽しむ、あくまで雰囲気だけの夏祭りだ。しかし町民全員が参加しているのではと思われるほど、毎年人は集まる。

「そんなことよりお前、家の事は良いのか?」

 カルマの親の厳しさを知っているカインはそう聞いた。

「うん、だから……内緒で、ね?」
「……はぁ」

 シィ~、っと唇に人差し指を立てて、カルマは言う。
内緒で、なんて言うが、どうせバレるに決まっているのに。

「わかったよ」

 カインは、カルマの頼みは断らないと決めていた。

 祭り当日、私服でそのまま会場へ行こうとしたら、カルマの妹たちにもみくちゃにされて浴衣を着つけられた。茶髪のカルマはまだしも、金髪のカインに浴衣は似合わないと思うのだが。

「そんなことないよ、似合う似合う」
「心がこもってないなぁ」

 黒染めの浴衣に灰色の帯。足元はもちろん下駄だ。
ウエストが細すぎてシルエットが貧相なので、帯の下にタオルを詰められた。和服は体のラインにメリハリがない方が似合う。
それにしても、カインのサイズの浴衣フルセットが、なぜカルマの家に用意してあるのか。カルマの妹たちのニッコリとした視線に寒気を感じて、疑問を口にはできなかった。ここの兄妹は少しやりすぎな感がある。

 カルマは明るめな生成りの浴衣に白いラインの入った濃紺の帯で、長身でも体格がガッチリしているのでなかなか様になっている。
カルマの顔立ちが幼いので親子と間違われることはないだろうが、並んで歩くと体格差が目立つ。

「じゃあ、行こうか」

 カルマとカインは、浮かれた祭り衣装で裏口から飛び出した。二人とも履き慣れない下駄が、カラコロ音を立てる。

「やっぱり、お祭りといったらコレだと思うんだ」

 会場についてすぐカルマが屋台で買ったのは、透明な蓋つきトレーに入った焼きそばだった。輪ゴムがかかった焼きそばの器に、なぜか割りばしが二本差してある。

「食べようよ」
「えっ、おれも?」

 安っぽいプラスチックのトレーは、輪ゴムを外すときバリバリと酷い音がする。輪ゴムが抜けると蓋が自動でパカリと開いた。ソースと、雑に振りかけられた青海苔、そして申し訳程度に添えられた紅しょうがの香りがする。ホカホカ湯気を立てる焼きそばは油っぽく、麺がテカテカしている。カルマに割りばしを渡されたが、焼きそばは目の前の一つしかない。一つしか買っていないので当然だ。
会場の端に備えられたベンチの一つに座って、男二人で一つの焼そばを半分こすることにした。

 大量の麵を大量のソースと油で、鉄板の上で豪快に混ぜただけの焼きそばは、やはり油っぽかった。カインは口直しに紅しょうがを食べたが、その紅しょうがも焼きそばと一緒に炒められたのか、なんだか熱で色が抜けて香りが飛んでいる気がする。食感も、ふにゃりとしていて無いに等しい。
トレーの焼きそばをニ、三口食べて、残りはカルマに押し付けた。特に何の感想もなく、油っぽい焼きそばはカルマの口に吸い込まれた。

 空になったトレーと割りばしをごみ箱に捨てて、カインとカルマは歩きだした。
浴衣効果か、浮かれた祭りの雰囲気がそうさせるのか、日本人の中に紛れた金髪のカインは自分で思うほど浮いてはいない。男の浴衣の色なんて地味目の白黒灰色が定番なので、女性たちのきらびやかな浴衣の方にこそ自然と視線が行く。そもそも、人々の視線は多くがカラフルなテントの露店の方にこそ集中していた。カルマも、主に食べ物関係の露店を熱心に見ている。
焼きそば・焼き鳥・射的・わたあめ……多くの露店が出ている中で、カルマが吸い寄せられるように立ち寄ってしまったのは金魚すくいの店だ。

「一回百円だって、やる?」

 青いプールの中を泳ぐ金魚たち。全て赤いスタンダードな金魚かと思いきや、三匹だけ黒の出目金が混じっている。百匹はいるのではないかと思う赤い金魚の中に、たった三匹の黒い出目金は目立つ。出目金は普通の金魚より大きいので、これをすくうのは大変そうだ。

「一回やろうよ!」
「兄ちゃん、金魚すくい一回百円だよ」

 カルマはもうやる気なのか、いそいそと財布から百円玉を取り出している。屋台のオヤジはカインもやると思っているのか、金魚すくい用のボウルを二つ手に準備していた。カインはあきらめて財布から百円を取り出した。

 金魚すくいの代金を払うと、渡されたのは水の入ったプラスチックのボウルと、金魚すくいでよく見る和紙の張ったポイ……ではなく最中の皮だった。カップ状になった最中の皮に、なぜか洗濯ばさみが挟んである。洗濯ばさみを持ち手にして、最中の皮で金魚をすくう方式らしい。紙のようにすぐ破けてしまうポイと違い、最中カップだとふやけるまで時間がかかるので金魚すくいの難易度は低そうだ。
しかしカルマは考えなしに最中カップを水の中へ突っ込み、皮がふやける前に洗濯ばさみで挟んでいる部分のカップを割ってしまって、一匹もすくえなかった。

「あ~あ……」
「残念だったねー!」

 だが金魚すくい屋のオヤジはビニール袋に水を入れて、金魚を一匹入れるとビニールの口を輪ゴムで縛り、カルマに手渡した。金魚がすくえなくても、最低一匹は貰えることが保証されているようだ。

 水面の上からカップをかざすと金魚たちはさっと逃げる。その中で一番目立つ、モタモタ泳ぐ黒い出目金。観賞用のこの魚は、泳ぐのがとても下手そうだ。
水面近くを泳いでいる出目金を探して、そっと最中カップを近づける。水面と、カップとボウルの距離もお互い近くし、出目金が水面近くを通った時、水中に沈ませていたカップでそっと近づき、水の抵抗をなるべく少なく手早くボウルへ。
最中カップを水につけてからは素早く、てきぱきと次の金魚を狙う。
普通の赤い金魚を二匹ボウルに放り込んだところで、カインははたと気が付いた。正直、最中カップがふやけるまでに、金魚をいくらでもすくえてしまう。金魚になんか、たいして興味は無いのに。

 カインはカルマにバレないよう、わざと最中を水中で大きく動かした。水の抵抗と金魚の抵抗をモロに受けたカップは、あっという間に水中でふやけて使い物にならなくなった。

「はい、おめでとう!」

 屋台のオヤジは金魚三匹が入ったビニール袋を、カルマと同じように輪ゴムで縛った後カインに手渡してきた。袋のサイズは一種類しかないのか、金魚一匹ですら狭そうな小さなビニール袋に、出目金一匹と金魚二匹が窮屈そうに漂っているのは、少しかわいそうに思えた。

「すごいねぇ、カインくん!」

 カルマは喜んでいるみたいだったが、カインは何となくこの状況が喜べなかった。ビニール袋に漂う金魚を三匹も飼う自信が無かったのだ。カルマは、どうするつもりだろうか?

「お前、金魚なんて飼えるのか?」
「あ……エサとか何食べるんだろう? 後で買わなきゃね。それまでは……うーん、水槽とか無いから、虫かごに入れて飼おうかな」
「じゃあ、おれもそうする」

 金魚の入った袋は小さいが、口を輪ゴムで縛っただけで非常に持ちづらかった。横にも逆さにも出来ないし、かばんも持ってきていないので、どこかにしまっておく事も出来ない。まだ全然夏祭り会場を見てまわっていないのに、こんな序盤に金魚を持って歩くのは馬鹿だと思った。
しかし、カルマはまったく気にしていないようだ。片手が金魚で塞がろうが、わたあめ、りんご飴、射的に輪投げなど、あっちこっちに釣られてフラフラと移動した。絶対に当たらないであろう、高級ゲーム機が景品になったくじ引きの店に釣られそうになるカルマを何度か軌道修正したところで、カルマから苦情が入った。
カルマがくじ引きにいくら突っ込もうがカインの懐はちっとも痛まないが、そもそもカルマのそのお金は親から貰ったお小遣いだ。親のお金を無駄遣いさせるわけにはいかない。ただでさえカルマの家は、カルマに厳しいのだから。

 くじ引き屋の店主はいかにもな風貌で、普段その辺で働いているような男には見えないのだ。ようするに、普段はまともでない仕事についている側の人間だ。
子供相手だからこそ、接客スキルは必要ない。上っ面だけの客商売で、子供からなけなしの小遣いを巻き上げても良心の痛まないような。その証拠に夏なのに袖の長い服を着ているし、左手は指が欠けているので滅多に見せない。

「ああいうのはな、当たらないようになってるんだよ。当たりくじなんか最初から入ってないし、ハズレくじの数が多すぎる」
「くじを全部買えば当たるかどうか分かるよね?」
「多分、くじを全部買うのに数十万くらいかかるんじゃないか? やめておけよ。ゲーム機買った方が安いぞ。当たりくじが入ってるかどうかなんて、店の人しか確かめようがないんだから」

 くじ引き屋の目の前でそんな会話をするものだから、店主からはあからさまな舌打ちを貰ったがカインは無視をした。
カルマを引っ張って屋台の外に出ると、先ほどのくじ引き屋の5等景品であるうまい棒にかじりつく小学生の群れに遭遇した。二百円払ってうまい棒三本ではやはり割に合わない。1等はゲーム機、2等はゲームソフト、3等以下はほとんどゴミだ。

「欲しかったなぁ、プレステ」
「まだ言ってんのか。絶対当たらないからな」

 怪しい屋台の列を避けて歩くと、自然と食べ物の屋台の列に吸い寄せられる。わたあめ・りんご飴・チョコバナナ。どれもこれも原価は驚くほど安いくせに、お祭り価格でも飛ぶように売れていく。特に飲み物なんか、氷を浮かべたプールにその辺の自販機で売っているようなジュースやビールを浮かべているだけで売れる。良い商売だ。

「のど乾かない?」
「おれは、あんまり……」

 カインは少し具合が悪くなっていた。町の小さな夏祭りのくせに、人が多すぎるのだ。はき慣れない下駄の鼻緒が足指の付け根に当たって痛い。
カルマは屋台で氷水に浮いていたポカリを買うと、カインに勧めてきた。のどは乾いていないと言ったのに、人の話を聞いていなかったらしい。仕方なしに受け取って、ペットボトルに口をつけると中身は思ったよりもキンキンに冷えていて、その冷たさが適度に心地よかった。思わず半分量を一気に飲み干してしまい、カインは慌てて懐から財布を出した。金魚の小袋を片手に、ペットボトルを手にしながら財布を出すのは少し苦労した。

「これ、いくらだった?」
「二百円」
「……酒でもないのにアホみたいに高いな」

 目の前に通常価格で売っている自販機があるので、カインはキレそうになった。自販機の中身はアクエリアスだったが、同じようなものだろう。それにしても、なぜ飲み物ごときが生き物である金魚より二倍も高いのか。

「お金はいいよ、ひとくちちょうだい」

 そもそもカルマが勝手に買ったモノなのに、カルマは本当に一口だけ飲んで残りをカインに渡した。
思ったよりものどが渇いていたのか、500ml入っていたペットボトルはすぐ空になった。ポケットのない浴衣は空のペットボトルを邪魔に思う。できればすぐごみ箱に捨てたいが、祭り開始から数時間経ったごみ箱は空き缶やプラスチックのトレーで既に溢れかえっており、山になったそこに溢れるとわかりきっていて捨てていく精神はカインにはなかった。
どうしようかと迷っていると、カルマは祭り会場から少し離れた場所にあるコンビニを指さした。

「コンビニにもごみ箱あるよね?」
「ゴミだけ捨てに行くの、嫌なんだけど……」
「じゃあなんか買おうよ。揚げ物が良いなぁ」
「まだ食うのかよ」

 祭り会場を少し離れると、途端に道は暗く静かになっていく。コンビニ周辺にはすでにカインのように人混みに酔ったり、祭りの熱気から逃げるように避難した人々が集まっていた。コンビニ内では浴衣姿の女性がトイレ待ちの行列を作っている。

 コンビニのごみ箱も溢れそうになってはいたが、ペットボトル専用ごみ箱はまだ開いていた。カインはゴミを捨てるとレジ横の揚げ物コーナーを覗いた。残念ながら中身はスカスカだった。同じことを考える奴が大勢いるらしい。

「こちら温めますか?」
「はい」

 少し目を離したすきに、カルマはレジに並んでいた。店員がレンジの中に商品を放り込んで温め始める。中身はから揚げ弁当だった。祭りの相乗効果でコンビニは繁盛していた。慣れた店員が流れ作業で次々客をさばいていく。トイレの行列は一向に減らないが、レジには行列が出来る暇がない。レジの奥で別の店員がから揚げを揚げ始めていたが、それが出来上がるより先にカルマの弁当が温まってしまった。

「ありがとうございました~」

 コンビニ前の溢れそうなごみ箱に貰ったばかりのレジ袋と弁当の蓋、割りばしの袋をまとめて捨てる。残すことは無いので蓋が無くても問題は無い。

 コンビニの外、座って食べるような場所は無いので、カルマは車止めのポールにもたれながら立ち食いで、もはや夏祭りとは何の関係もないから揚げ弁当をかき込んだ。カインはカルマの食欲に心底あきれていたが、慣れているので何も言わなかった。とにかく腹が減っているらしいカルマの完食をぼんやりと、金魚を眺めながら待つ。カインの三匹の金魚は小さな袋の中で息苦しそうに泳いでいた。水面から口を出してパクパクとさせているのを見て、金魚は肺呼吸だったかなと疑問に思う。
黙々と食べ進めるカルマの腕にぶら下がった小袋を見やる。カルマの金魚は元気そうだ。

(酸素、足りないのかな……?)

 小さな袋の中で尾びれをぶつけ合いながら泳ぐ金魚を眺めて思った。これを持って帰って、どうしようか。
ボーっとしていると目の前で桃色の浴衣姿の少女が、同じように金魚の入った小袋を掲げていた。少女の向かいには浴衣姿の同じ年頃の少年もいる。二人は付き合っているらしい。特に耳をそばだてなくても、少女の甲高い声が飛び込んでくる。

「みーちゃん、金魚飼えな~い。ゆーくん貰ってよ~」
「うち水槽ねぇよ。その辺に捨てとけ」

 少年の指さす方向には、排水溝。

「えーかわいそう!」
「かわいそうじゃねぇよ。ここは海に繋がってるから外に出れるんだよ。み~に飼われて死ぬよりマシじゃん?」
「ひどーい! っつか、これって海と繋がってるんだぁ、初めて知ったー」

 この少年少女は、金魚が海で生きていけない事を知らないのだろう。残酷なことをしようとしている事に気が付いていない。そもそも排水溝の水が直接海に流される保証はない。どの道あの少女の金魚はすぐに死ぬだろう。

「バイバーイ!」

 少女の持っていた小袋の中身は、バチャバチャと音を立ててグレーチングの向こうに消えて行った。少女たちは手ぶらの身軽になり、浮かれた足取りでまた夏祭り会場へと戻って行く。

「カインくん。ちゃんと飼い方調べてさ、明日、金魚の餌買いに行こうよ」

 いつの間にか食べ終わっていたカルマが、残りのゴミをコンビニに捨てて戻ってきた。

「そうだな」

 いよいよ夏祭りは終盤だ。会場から盆踊りの音楽と太鼓の音が響いてくる。
二人は会場には戻らず、金魚を小袋から解放するために自宅方面へと歩き出した。

あとがき

モナカ金魚すくいは経験談。捨てるのは流石に無い。
平成時代以前の夏祭りは夜店のミドリガメとかカラーヒヨコとかの暗黒の時代でした。ケータイとか捨てられるカメとかの話も書きたかった。
カラーヒヨコは見たことないけどウサギ2000円たたき売りの時代。みんな勢いで買っていく……終生飼育して。

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