「アスター郊外にて」

カインとケイマ

アスター郊外にて仕事をする二人。

 異様な面々が往来を占拠している。
ザクザクと足音を鳴らしながら、街中を歩き回る白い甲冑の集団。要するに、聖騎士団である。

 聖騎士団には王の側近の他にも、街の治安を守るという任務が課せられているが、治安を守るという名目で獣人たちを無差別にリンチしたり、犯罪者を現行犯としてその場で見せしめに処罰したりする、ろくでもない権限を持つ。法で裁かない私刑集団だ。

 カインはこの団体の事が全く好きではない。集団で固まっていないと何もできない、個々の能力は極めて低い人間種族の組織だ。
顔が知れているアスターの特権階級制度のおかげで、カインが聖騎士団に絡まれる確率は極めて低いが、人間でもないチビのくせに態度がでかすぎて、本来なら真っ先にリンチ対象だろう。
王が特権階級を団員達にどう伝えているかは知らないが、チビで弱そうな少年にしか見えないカインは、聖騎士団によく思われてはいないはずだ。

 現に今、ものすごく邪魔にされている。

 体格だけは良い白い甲冑集団に囲まれると、集団の輪の外からカインの姿はほぼ見えない。それでも声をかけられたのは、先に現場に来ていると誰かが伝えたからだろう。

「おい、居たなら声をかけろ!」

 黒髪に白と黒のローブ姿は、白い集団の中ではかなり目立つ。しかもそこそこ身長があるので、さっきから頭をキョロキョロさせて何か(多分自分)を探している風なのは分かっていたが、あえて声をかけずに放置していたのだ。

 彼の名はケイマ・フォーマルハウト。
異形がらみでよく顔を合わせる嫌な奴である。

 現場はアスター郊外だが、住宅地の一軒だ。周辺の住民は退避済み。建物ごと包囲しているが、聖騎士団は見掛け倒し集団なので、誰一人突入して確認しようなんて勇敢な行動をとるものはいない。ただ固まって、見守るのみ。
おそらく、何かしら飛び出してきたとしたら、蜘蛛の子を散らすようにわらわらと逃げるだろう。包囲している意味がない。

 ケイマは邪魔になっている白い甲冑集団をかき分け、カインの元までくるとその首根っこを掴んだ。はぐれない様にという事だろうか、そこまで小さいつもりはないが、抵抗せず大人しく引きずられていく。
玄関前にまで来ると、やっと開けた空間が出来た。そこでようやく手が離される。
先ほどの文句の回答を伝えよう。

「呼びつけておいて、なぜ先に来ていないんだ」
「俺はお前と違って歩いて来ているんだ」
「おれだって、今回は地上を物理移動したぞ」

 現場はいつだって街の端だ。今回はカインの自宅の反対側。
アスターの城は街の中心にある、距離はどう考えても城の方が近い。

「……悪かったよ」

 おぉ、素直に謝った。カインは貴重なものを見る目でケイマを見上げた。

「だから早く片付けてくれ」

 ロッドで小突くようにして急かす。ひとにものを頼む態度ではない。
ケイマはやっぱり嫌な奴だった。

 とりあえずは従う意思を見せ、無言で玄関を開けるように指示する。
ケイマがドアノブに手をかけるが、聖騎士団員は誰一人として前へ出てはこなかった。たとえ勇敢な団員が一人二人室内に入ったところで、狭い場所であの甲冑は邪魔になるだけなのでどうでも良いが。室内に突入するのは、カインとケイマの二人だけだ。

 ドアが開いた瞬間、カインが先行する。
攻撃は飛んでこないが、室内は腐臭と血の匂いで溢れかえっていた。犬系の亜人が現場にいたら、かわいそうなことになっていたに違いない。腐臭に混じって異形特有の甘い匂いもする。
カインもケイマも嗅覚は鋭い、匂いの発生源は二階だとすぐに分かった。

 カインは剣を抜き、ケイマはロッドを構えた。カインの武器は小型のものが多いので室内でも不利にはならないが、ケイマのロッドは大ぶりなうえ、そもそもケイマ自身が炎使いだ。いざというときは、敵ごと燃やされるのを覚悟しなければならない。炎はピンポイントを狙うのが苦手な属性なのだ。

 階段を上り、廊下を見渡すが異形の痕跡は見えない。するとやはり室内に籠城している状態か。
異形はその場から動かないという特性を信じ、廊下からでも強い匂いを感じ取れる部屋の前まで移動する。

 ドアは半開きで、近づけば中の様子を見ることが出来そうだ。カインは中の様子をうかがおうと隙間にゆっくりと近づいた、その瞬間、突然後方に飛びのいた。続いてケイマもドアから身を離す。隙間から放たれた液体が飛び散り、さっきまでカインのいた付近の壁と床をジュワッと溶かした。酸の液か。
カインは勢いをつけてドアを蹴り開け、お返しとばかりにケイマの火炎魔法が、室内を一気に炎の海にする。

「ギエアァァアアアアアッ!!」

 耳障りな甲高い女の悲鳴が響いた。カインが怒鳴る。

「人がいたらどうするんだよ!」
「無事では済まないだろうな」

 そもそも異形のそばに人がいて、無事であるはずがない。

 改めて室内を見ると、天井に人間大のチェスの駒のような形をした肉塊がいくつもぶら下がっている。
よくよく見ればそれは一つ一つが人間のパーツ……手や足などであることがわかる。取り込まれた人間の、胴体と思われるひときわ大きな肉塊が、ケイマの炎で炙られるたびに悲鳴を上げてグネグネとのたうち回った。
天井に張り付いて、植物の蔦状に侵食するタイプの異形だ。

 炎から逃れるように、ざわざわとぶら下がった肉塊がうごめく光景は、見ていて気分のいいものではない。もっと火力を増して、部屋全体を焼き払おうかと考えた時、カインの剣が一番大きな肉のチェスを天井から斬り落とした。
ドシャリと血をまき散らしながら炎の中に落ちた肉塊は、手足のない体を揺すって芋虫のようにジタジタと暴れまわり、歪に生えた棘のような牙が並ぶ口から、カインめがけて酸を放った。

「やべっ!」

 間一髪避けるが、炎でもがき苦しむ肉塊の動きは激しく、予測不能だ。
天井からぶら下がる手足タイプの肉塊からも、次々と口のような割れ目が現れ、酸を吐きかけてくる。

 やはりまとめて燃やすかと、天井の肉塊に直接高火力の炎を浴びせかけた。ギィギィうなり声を上げながら、小さな肉塊も天井からぼたぼたと落ちて床でのたうち回る。
しかし、どうやら致命的にはなっていないようで、燃えたそばからジュクジュクと再生し、一向に灰にはならない。むしろ炎が強すぎたのか天井部分がたわむ。異形より先に、建物の方が炭になりそうだ。これ以上火力を強めることができない。

「事態を悪化させるな」

 結果的に大きな塊肉をちまちまと斬り刻んでいたカインの元へ、大量の小肉片を降らせることになってしまった。もしもカインが人間だったなら、異形感染は免れないような状態だ。異形はコアを破壊しない限り再生し続け、決して死ぬことはない。

 大きな肉塊の方にコアがあるとにらんで、対処していたカインの足を引っ張ることになってしまった。だが彼にとってはこの程度は足かせにもならない。
吐きかけられるいくつもの酸を避けながら、繰り返し大きな肉塊を剣で斬り続ける。斬りつける傍から再生するが、何度も何度も位置を変えて両断するうち、再生の異常に早い場所と遅い場所の違いが見えてくる。再生が早すぎる場所は、異形にとって大事な場所。つまりコアのある場所だ。
一般的に異形は、コアの位置を大きく変えることができない。

「ここだっ!」

 叫んで剣を突き立てる。

 硬質な音が響き、一瞬異形が硬直する。その隙を狙って、カインは雷撃の高位魔法を剣先からコアに直接叩き込んだ。てこの原理で開く貝殻のように、剣を突き立てた場所から異形が真っ二つに崩れ落ちた。今度はもう再生されることはない。その瞬間を境に、小さい方の肉片もぴたりと動きを止めて黒い灰に変わる。
黒い煙を上げながら、肉だった部分が灰になって消える。残ったのは真っ二つに割れた、コアだった部分だけだ。

「土壁で良かったな」

 カインは灰に手を突っ込んで、割れたコアを回収した。

 床や壁もやや歪んだが、どうせもう人は住まないし、後でこの家は丸ごと浄化作業で焼くことになる。木造だったら戦っている最中にケイマの魔法で家屋が大変なことになっていただろうが、そもそも土だろうが木造だろうが関係なく戦えるカインの心配なんてしていない。

「木造だろうが、どうせお前は燃えないだろう」
「何言ってる。ここが二階なのを忘れたのか? お前の炎が床ぶち抜いて困るのは、おれじゃなくてお前だろ」
「まさかお前に心配されるとは……」

 ケイマはノアの民だ。ちょっとだけ身体能力の良い、動物にも変身できるだけのただの人間だ。ケイマが鳥など翼のある聖獣を持つノアの民だったなら、二階から落ちるのはなんてことないだろうが、残念ながらケイマの聖獣は四つ足のバクだった。変身したところで飛ぶことはできない。
だが、まあ二階から落ちたくらいで死にはしないだろう。少し軽く考えているかもしれないが、大したことではないと高をくくっていた。カインが少し大げさなのだ。やれやれというように肩をすくめたポーズを取ると、その態度が気に入らないのかスネに軽い蹴りが飛んできた。

「やっぱりお前は嫌な奴だ」

 捨て台詞を吐いてカインは部屋を出て行った。

 ケイマは素早く報告用の精霊に異形討伐終了を伝えると、精霊は壁をすり抜けてまっすぐに城の方へ飛んで行った。
城はすぐに浄化班を寄越すだろう。ケイマが焼いた方が処理は早いだろうが、後処理は後処理係にやらせれば良い。ひと先ず一般人が近づかない様に、バリケードの維持と任務完了を外の聖騎士団達に伝え、カインの後を追った。

 予想通り、カインはのらりくらりと普段では考えられない低速で自宅までの道のりを歩いている。寄り道はしないが、明らかに帰りたがってはいない。
いつものことだ。あえて隣に並ばず、少し距離を開けた後方から声をかける。

「『また』アスター郊外に異形が出た」

 ギクリとその背が震えた。責めているつもりはないが、向こうからしたら責められていると思われても仕方がないのかもしれない。自らの意思ではないにせよ、異形が出るのは突き詰めればカインのせいだ。

 異形を完全に排除するにはソフィアの力が必要だが、それはすぐには望めない。アスターから異形を排除するには、国と契約した聖獣が必要だ。ノアの民の聖獣は生涯に一度きり、しかも命と引き換えでの召喚なので、国の聖獣として契約することはできない。
ケイマには聖獣にふさわしい人物は思い当たらない。唯一、目の前にいる男以外には。

「なあ、」

 ケイマは何となく答えをわかっていながらも、再三繰り返している質問をした。

「アスターの聖獣にならないか?」

 カインは足を止め、胡乱げな視線を寄越してケイマに言った。

「お断りだね」

 言い終えた瞬間逃げるように飛び上がり、民家の屋根づたいに走り去っていった。
ケイマはため息をつく。
長らくアスターには聖獣がいない。そのせいか、巫女も生まれず、シャドウは多く、異形はよく街中に出る。
アスターの急務は戦争をすることではなく聖獣を手に入れることだが、目先の欲にかられた今の王にはそのことが理解できない。

 なんとなしにカインの飛び去った方向を見やる。彼の自宅とは逆方向だ。おそらく、カインにも考えがあるのだろう。
聖獣としてふさわしい人物が早く見つかれば良い。
そして、出来るだけ早めに玉座に座る人物が交代されることを祈って、ケイマは城へと帰っていった。

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