「思案」

アベルとジゼル

庭園にて」の後。
アベルの秘かな決意。

「私の居ない間に、そんな面白いことしてたなんてね~」
「全然面白くないよ、ジゼル。……大変だったんだから」

 アリゼロスからボロクソに言われたあの後、端の塔に戻ったものの、俺達は……特にカインはアリゼロスの言葉にショックを受けて、それはもう酷く落ち込んでいた。
しかも次元通路を通って帰ってきた所をジゼルに見られて……もう散々だった。けれど、ジゼルには今まで黙っていた理由を全て打ち明けると、「それならしょうがないわ」と言ってあっさりと許してくれたのだ。

「でも意外ね。アリゼロスがそんな生真面目な人だったなんて、知らなかったわ」
「う~ん……そう? 俺達はあの人の事、あんまり知らないから」
「元七大天使の側近って肩書きは立派だけど、イアルはあんまり真面目な天使じゃなかったわ。……黒翼だし」
「……ジゼル。そういうこと言うのは良くないよ……」
「関係ないわ。サタナエルが逃げたのと同時に姿を消した大天使だなんて、『私が犯人です』って言ってる様なものじゃない! そんな奴に仕えてたなんて、疑われるのが嫌で側近を辞めたに違いないわ。ひょっとしたら、共犯かも……」
「ジゼル!」

 勝手な想像とはいえ、どこに目があるかもしれない所で、こんな物騒な話は避けたい。

「ああもう! 私がもうちょっと高位だったら、二人にかけられた疑惑なんて、すぐもみ消してあげるのに!」
「それは……ちょっと……」

 桃色の髪を振り乱して、怖いことを言ってのけるジゼルに、アベルは苦笑する。
残念ながら、真実を知っているのは俺と、父親であるマーカスのみだ。
こればっかりはジゼルにも……そしてカインにも、言うわけにはいかない。

 サタナエルを逃がしたのは、カインだった。
そして俺は、そうなることを事前に知っていた。

 カインと違って、俺の持つ能力はたった一つ。
しかも、回数が限定されている。

 けれどその力のおかげで、サタナエルのやろうとしている事を知ることが出来た。
それはこの先の世界にとって必要で、俺達にとっても、『彼女』にとっても重要なことだったから。

 だから見逃した。そしてきっと父親であるマーカスも、俺と同じ事を知っている。
カインの記憶は消されたわけではなく、封じられただけ。
時が来れば全て思い出すことになる。

 イソラの記憶と共に。
そのトリガーは、すぐ傍にある。

「それにしても遅いわねー! カインちゃん、どこまで行ったのかしら」

 どうやら回想している間に、ジゼルの興奮は治まったようだ。
いつも散々「床が汚い!」と言っている地べたにどっかりと腰を下ろして、開いたままになっている次元通路を凝視している。
今この次元通路は、神王のいる宮殿の大広場に繋がっているはずだ。

「……やっぱり、私も行けば良かった」
「行ってくれば良いじゃない」

 一年で一番めでたい日とされる、降臨祭。
祭りで賑わうその会場に、祝い事が好きなカインは、毎年こっそり参加している。
この日ばかりは無礼講だから、俺達が秘かに塔から出ても、誰も、何も言わない最高の日だ。

「アベルは行かないの?」
「俺はそういうの、苦手なの」

 祭りが好きなカインと違い、俺は人ごみが苦手だから、毎年参加しない。

「ふーん……変なの。双子なのにね」

 そう言って、ジゼルは次元通路に飛び込んで行った。
ジゼルも自分と同じく、祭りが好きな性格ではなかった筈だ。きっとカインの様子が見たいだけなのだろう。

 どんなに姿形が似ていても、双子でも、俺達はまったく違う人物だ。
変なのと言いつつも、ジゼルは俺達の事を良く理解してくれている。

 つかの間の休息。

 あと数日で、俺達の平和な日常は崩れ去る。
これから、今以上にもっとつらいことがやってくる。たとえ未来が見えたとしても、つらい事だけ選り分けて、それらを全て回避できるわけがない。

「変えたいんだよ……運命を」

 虚空に向かって話し出す。きっと、『彼女』は見ているだろうから。

「だから俺のやろうとしている事、全部黙って見ていて欲しい」

 最悪の結末を避けるために。

 未来を―――

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