「徒為」

アゼルとアインスタックフェルト

二人で料理を食べているだけの小話。

 彼の作る手料理はおいしい。

 アゼルは悪魔になっても、人間だった頃の名残で味覚だけはヒトのそれに近い。
おいしい、美味しい、おいしく、感じられる。

 出されたのは質素な野菜の塩スープとパンだけだったが、それがとてもおいしい。
本来は二人とも、全く食べなくても支障無いが、なぜか食事だけは一日一回、夜の習慣になっていた。
もしかしたら、これこそが自分の、悪魔になったという証なのかもしれない。
何の実になるわけでもない、無益で、ただ消費するだけの、無意味な行為。

「おいしい?」
「……うん」
「そう、それは良かった」

 彼は笑う。薄っぺらい笑みだ。
そしてアゼルと同じように、スープをパンと一緒に食べる。

 うん、ほんとうだ、おいしいね。

 彼は自分で自分の料理をほめた。自画自賛だ。
しかし、実際おいしいのは確かなので何も言わない。

 けれど、彼は嘘を言っている。
本当は、彼の味覚はもう何の機能も果たしていないはずなのだから。
アゼルがおいしいと思うのは確かでも、彼がおいしいと感じるはずが無いのだ。

 野菜から出る風味を計算し、分量に合わせた絶妙な塩加減は、彼の今までの経験がそうさせるだけだ。
事実アゼルは、彼が料理を作っている時、一度たりとも味見という行為をしないのを知っている。
味を見ても、わからないからだろう。
もともと人間だったアゼルと違って、彼はきっと、生まれながらのヒトではない者。

 時々アゼルが手伝って、調味料を勝手に入れたりすると、失敗する確率が高いのも、そういうことだったのだ。
しかも、彼は失敗にも気づかないから、アゼルがおいしいと言うまでは、自分で自分の料理をほめない。
ここでアゼルが嘘をついて、失敗した料理をあえて「おいしい」と言ったなら、それは彼にとってのおいしい料理になるのだ。

「……ごちそうさま」

 ちゃんと手を合わせて、これも人間だったときの習慣で、自分の皿は自分で下げる。
そして彼の分の空になった食器も、洗う。
料理を作るのは彼で、後片付けはアゼルの仕事だ。

 食べなくても死なないし、皿は洗わなくても次の日には新品になっている。
何の意味もない行為。
それでも毎日食事をとることをやめない。
唯一の変化と言えば、彼の作る料理のレパートリーは多彩で、日々違うメニューを味わえることだろうか。

 そういった些細な変化がうれしいのは、二人の命の時間が余りにも長すぎるからだろう。
今までも、これからも、時間はあまりに長すぎて、アゼルはきっと自分よりももっと長く生きていくだろう彼のことが、少しだけかわいそうになった。
だから彼の長すぎる時間の中で、自分がいる時間だけは、彼を一人にしないとかたく誓ったのだ。

 あの時、自分が悪魔になった、あの瞬間に。

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